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「人間って、術の実験の為に用意されてるのかしら?」

忙しく道を行き交う商人達、道の脇に留まっておしゃべりをする夫人達、走り回って鬼ごっこをしている子供達??街は活気に溢れていた。
何かして遊びたくて仕方ないが、自分がどうやって遊びたいかよく分からない。
自分と同じ位の頃の子供達がしている遊びを真似すれば楽しいだろうか?

「......あんまり面白く無さそうだわ」

鬼ごっこの鬼が醜悪な妖鬼であれば、子供達が引き裂かれる様を見れて、少しは楽しめるかも知れないが。
そこまで考えて、それも結構楽しめそうだと思った。
初めての遊びは、そんなに手の込んだものでなくとも楽しめるのではないだろうか?
そうだ、子供だけじゃなくて、大人も鬼ごっこに加えたら、どうなるだろう?
わくわくして来た。
少し変わった仕掛けも欲しい。
逃げ惑う人間達が、ある地点を通過したら、また更に強い妖鬼を送り来むというのはどうだろう?

「うん! 出来るわ」

じゃあ、最初の妖鬼はあそこの店の前に出そうかしら?
ふとそこに目を向けて、たまたまそこを歩いていた朱金の輝きに釘づけになった。

「......同族?」

隣に人間に化けた他の同族もいるが、人間達に危害を加えようという意図は感じられない。
この街はあのひと達のものなのかも知れない。
だったら、自分が今遊びを実践するのは得策ではないと思った。
何故か嫉妬心が湧いて来た。
あんなに綺麗な朱金の隣に、誰かがいるのが気に食わない。
あの朱金をもっと近くで見てみたい。

「自己紹介位しても、いいわよね?」

人間に擬態の仕方はすぐに分かった。
あの朱金の傍にいる金髪碧眼の青年の真似をすればすぐにそれは叶った。
影も付けるのを忘れない。
人の見ていない瞬間を見計らって、スルリと姿を現し、彼女に歩み寄った。

何故か彼女は硬直して呆然と自分を見つめている。
隣の青年は何を驚いてるのか、唖然として自分を見つめている。

「きれい、纏う朱金がとても綺麗だわ。 琥珀の瞳も不思議な光を讃えているし、深紅の瞳もすごく力に溢れているわ。 魂の輝きも、容姿も、何もかもすっごーく綺麗!!」

幼い少女に化けた妖貴はとても嬉しそうににっこり笑った。
初めて見た同族は、もの凄く綺麗な生き物で、うっとりと見入ってしまう。

「ちっ、茅菜っっ!!! なんでお前がこんな所にいるんだよっっっ!!??」

朱金の女性に引っ付いている青年が、礼儀もへったくれも無く自分の名前を呼ぶのにむかっ腹が立った。

「なんであたしの名前知ってんのよっ! 勝手に人の心読むなんて反則だわっ!!」

ここで邪羅が思い切り脱力しかけたとしても、彼に責任はあるまい。

「......兄ちゃーん、気色悪い冗談はやめてくれよ」

「あたしはあんたには興味ないのっ。 ねえ、あたしは茅菜というのよ、あなたの名前は?」

切り替えは得意だ。
さっさと朱金の女性に向き合った。

「......ラエスリール」

何だか今にも消えてしまいそうな声だ。

「螺......?」

「ラエスリール」

今度はいくらかはっきり聞こえた。

「人の名前に聞こえるけど?」

「お前なあっ、そんなに姉ちゃんを傷つけて楽しいのかよっっ!」

「あたし、ラエスリールを傷つけるような事なんかしてないもんっ! いちいち自己紹介の邪魔しないでよっ!!」

なんだってこの魔性はいちいち口を挟むのか。
物わかりの悪いやつは嫌いだ。

「邪羅......いいんだ、これは茅菜だから......茅菜以外の誰でもないんだ......」

「なっ、姉ちゃん、どういう事だよ!?」

それには答えずに、ラエスリールは自分の前で片膝を付いた。
色違いの双眸から涙が溢れた。
ぎゅっと抱きしめられる。
どうしようもない想いと悲しみが伝わって来た。

「ラエスリール、どうして泣くの?」

「......茅菜......」

ラエスリールの頬にそっと小さな手が添えられた。

「こんなに綺麗なのに、悲しみは似合わないわ。 琥珀の瞳が光を通すと金色に光ってすごく綺麗。 深紅の瞳はラエスリールを護る様に力を放っているのね、強い輝きに溢れていて、とっても綺麗」

茅菜はそっとラエスリールの深紅の瞳が嵌っている瞼に触れる。
何故か近い波動を感じた。

「あ......」

ラエスリールの色違いの双眸が、茅菜の漆黒の瞳をまじまじと見つめた。
深紅の瞳......?
闇主のただ一つの。
彼が翡翠の件で想いを奪われる前から、ずっと自分と共にあったもの。
記憶も想いも――闇主を時間の直線上に繋げるもの。

そうか、だから......。
あの頼み事が大の苦手な、変な所で水くさい男が、一度差し出した瞳を返せなどとは、口が裂けても言えなかったに違いない。
懐に大事にしまっていた朱金の瞳を取り出した。
もともとこれは自分の眼窩に嵌っていたもの。
雛の君によって復活させられた緋綾姫の命の核になってからというもの、色が少し変わってしまったが。

ラエスリールはここしばらく見せなかった笑顔を見せると、迷わず左の深紅の眼窩に指を滑り込ませた――。



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