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「姉ちゃん、意識が戻ってからずっとあんな感じなんだ。 話しかけても心ここにあらずって感じだし、あそこで何があったのかも話そうとしないし、見ていて辛いったら」

カラヴィスの公宮の一室にラエスリールを除く浮城の面々が勢揃いしていた。

「それは......いくらなんでもしょうがないわよ。 でもラスがああいう状態ってことは......闇主もきっと......なのよねぇ......」

妹分の虚脱ぶりに、砂色の捕縛師であるサティンの口調も重々しい。
護り手との死別は彼女も経験している。
あの時の悄然は、立ち直りの早いサティンでさえ辛いものだった。
だがラエスリールと闇主の絆はそのような言葉で簡単に表現出来るようなものではなかったのだ。
ラエスリールいてこその闇主、そしてその逆も然り。
ラエスリールの精神的な絶望感は量り知れない。

「どうだかな......それがどうも腑に落ちないんだ。 確かにあいつの気配はどこにも感じられないが、あいつは他の妖主達と共には滅びなかった」

「なっ、何よそれどういう事っ?」

鎖縛の告げた内容に、リーヴェシェランの声が上擦った。
妖主達が滅びたのは、ある意味自然の理ではなかったのか?

「お嬢ちゃん、私達も良く解らないのだけど、柘榴の君だけはその理から外れていたという事なのよね。 あの方の気配は、妖主達の消滅後もしばらく姫君の傍にあったもの」

衣於留の言葉に邪羅も大きく頷く。

「そうなんだよな、兄ちゃんの事だから、大丈夫だって思ってたんだけど、でもやっぱりどこにも気配が無いってことは......」

あのろくでもない極悪妖主を皆が心のどこかで望んでいるのだ。
あんなに毛嫌いしていた相手だというのに、ラエスリールの幸せの為に、あの男の生還を望む自分の善良な性格が、今は恨めしい。
赤男がいない今、ラエスリールを独り占め出来る、絶好の機会だというのに。

「でも邪羅、一つだけあの方にしか出来ない事がありますよ」

ラエスリールのお陰でよく知る事になってしまった、柘榴の妖主の魔力の属性は時間なのだ。
ブロンズ髪の捕縛師はその事を言っているのだろう。

「セスランの言う通りだ。 あいつが過去に跳んだとすれば、この世界にあいつの気配が無いのも頷ける」

「でも何の為に過去に行く必要があるのよ? まさか妖主達を滅びない様に過去を変えるなんて、闇主なんかラスの側を離れてまでそんな事絶対しないわよ」

だいたいそのような仲間意識は魔性の中には存在しないのではないか?
古い魔性達は揃いも揃って、やたらと力が強くて、独占欲も尋常ではなくて、自己中心的で、他人の事など目もくれなかったのだ。
殊にラエスリールの状態がああ酷いものだと、やはり闇主は消滅してしまったのか。

「だから腑に落ちないって言ってるんだろうが」

「......俺、ちょっと姉ちゃんの所に行って来るよ。 ちょっと街にでも連れて行けば、少しは気も楽になるかも知れないし」

邪羅の頭はやはりラエスリールの事でいっぱいなのだ。
他の面々も勿論そうなのだが、ラエスリールの方から話し出す決心がつくまで待とうと言う心づもりだった。

「そうね、やっぱり落ち込んでいるときは散歩なり何なり、身体を動かすに限るわ」

「邪羅、あの子がまた変なもの拾わない様に、しっかり見ていて下さいね」

「本当にそうよっ、新しい妖貴達がポロポロ生まれてる状態で、生まれたての妖貴がぞろぞろラスに惹かれたんじゃ、こっちの身が持たないわっっ!」

「リーヴィ......そういう恐ろしい事は言わないに限りますよ」

有り得すぎて怖い......その時その場にいた全員がそう思った――。


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