魔笛の森



「ラスッ! ボヤボヤしてんじゃねえ!! 早くしろっっ!!」

普段の戦いでは緊張感のかけらも無い青年が、珍しく切羽詰まった声で怒鳴り散らしてくれた。
どこから湧いて来るかもわからない、この大量の妖鬼達の目的は明らかに足止めだ。

「わかってるっ!」

目の前の妖鬼をなぎ倒しながら、早く転移する隙をつくろうと、深紅の破妖刀をふるう。
今回の妖鬼の数は尋常ではなかった――もとより全部を片付ける気はないが、足止めというだけでどうしたらこんな数の妖鬼が湧き出て来るというのか。

「死にたくなかったら、襲って来るなっ!」

届かないであろうが叫ばずにはいられない――こっちは別に恨みつらみで妖鬼達を薙ぎ倒している訳ではないのだ。出来れば戦いたくないし、放っておいてくれれば、さっさと転移してしまえるというのに!
終わりが見えない攻撃から一瞬の合間でもつくれれば――!
だが主人の思いを知ってか知らずか、美食家で知られる深紅の破妖刀の嬉しそうな声が聞こえて来た。

『御馳走大接近』

二つ...三つか...?
妖貴と思われる気配が、急速に近づいて来ているのを感じる。
闇主の焦りも無理も無い。
大食漢である紅蓮姫の腹がまだ減ってようが、高級食に慣れた我が儘娘が美食を追求しようが、こちらとしては複数の妖貴達とのご対面はまっぴら御免である。
だが先ほど右肩にざっくりと攻撃を受けて、腕が思う様に動かない。
鮮やかな狼煙になってしまう為に、身体に眠る力で妖鬼達を一掃出来ないのも、もどかしい。
目の前にいる妖鬼だけでも早く片付けないと、間に合わない...!!

「ラスッッ!!」

逃亡生活に入ってからというもの、唯一の連れである青年が目の前に現れたかと思うと、器用にも妖鬼の一打をするりとかいくぐって、自分に手を差し出した。
その手を取るのに迷いは無かった。
だが目の前のとは別の妖鬼の口から出て来た鞭状のものが、闇主に向かって差し伸べたその腕に絡み付く!

「...っく、このっ...!」

もう片方の腕で、とりあえず目の前の妖鬼の心臓を一突きにする。
シュウシュウと触手から出た酸が皮膚を蝕む、が、苛立たしげな舌打ちと共にその触手は跡形も無く消え失せた。
闇主の力だ。
自由になったその腕を強引に引き寄せられ、瞬間空間に引きずり込まれそうになる。

シュンッ
鋭い刃を思わせる音が宙に響いた。
刹那、強大な力が刃となり――結界の力でだいぶ力が削がれたとはいえ――ラエスリールの左の大腿をざっくりと引き裂いたのだ。
骨がミシリという嫌な音をたてた。
凄まじい量の血飛沫が辺りを朱に染める。
結界が無かったら、太腿が切断されてたかも知れない。

「...っあああ..っ...!」

あまりの痛みに声にならない声を上げだが、闇主は構わず自分を抱いて空間に身を滑らせた。

「ちっ、逃げられたか!」
「追え!」

三人の妖貴は冤罪者の気配を辿る。


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