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鎖縛は苦々しく舌打ちした。つい先ほどまで後ろにいたサティンの気配までもが感じられないのだ。
振り向くと、彼女の存在の代わりにあるのは、どこまでも続く山道だった。
界を隔てられたか...?
それでも鎖縛は冷静だった。
罠を張る者の気配を探る――向こうが姿を見せないならば、引きずり出すまでだ。
「戦士様...」
突然の静寂を破ったのは、女の透き通るような儚い声だった。
曲がりくねる道の前方から現れたのは、すらりとした美しい女であった。
「わたくしと共に...来ていただけませんか...?」
長く波打つ美しい髪が、深い緑の色彩を宿してなければ、人間に見えたかもしれない。
いや、実際女の気配は妖鬼のそれよりも、人間に近かった。 屈強の人間に化けてはいるが、れっきとした上級魔性の妖貴である鎖縛は、既に女が半妖である事を見抜いていた。
深縁の美女は妖艶な足取りで鎖縛に近づき、すっと真っ白な腕を差し出した――否、誘ったのだ。
鎖縛を真っすぐに見つめる深い緑の瞳には、底知れぬ程の憂愁に満ち、紅を塗ったような唇はぞっとする程艶かしい。
「俺も『仕事』さえなけりゃ誘いに乗ったかもしれないが、生憎こっちには『制約』があるんでな」
そっけなく言い放って、さっさと女を戒めようと、力を振るおうとしたその刹那――深縁の美女から強大な妖気が迸った。 強大すぎる妖気は、彼女を陽炎のように取り巻き、護ろうとする。
「そうですか...では無理矢理来てもらうまで!」
女の長い髪の毛が不自然に伸びたかと思うと、狼狽する鎖縛の全身に絡み付き、自由を奪った。
鎖縛は指一本動かせなかった。
女を取り巻く禍々しいまでの妖気は、彼がよく知る――唯一恐怖と畏怖を覚えさせる男のものであったから。
『所有の印』
「なっ、なんでこの女にあいつの印がついているんだっ!」
思わず声が裏返った。
「これはあいつの嫌がらせかっ!?」
面白そうに自分を眺める深紅の男が、脳裏に浮かんだような気がした。
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