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もともと世話になったお礼に、何かの役に立ちたいと言い出したのは、ラエスリールであった。
目が覚めるなり呑気に闇主に告げられた内容に、心底困り果てていた。
寝起きで回らない頭を無理矢理叩き起こす為に、聞いた事を反芻した。

「それで...ターニスさんの探し人というのは妖鬼と、半妖の娘なんだな? そして向こうもターニスさんを捜しているけど、力が足りないから屈強の男の心臓を喰い荒らしている、と?」

琥珀と深紅の色違いの瞳が困惑の色を宿す。

「でもどうして屈強の男なんだ?」

「さてな、あの女を攫った連中が屈強の男達だったらしいから、その辺の理由だろうよ」

恨みつらみって嫌だねえ、と誰よりも恨まれてそうな深紅の青年はあっさりそう言うが、なんだか納得がいかない。

「それで、もう既に浮城に妖鬼退治の依頼がいってて、今日にでも行動に出るだろう、と?」

「お前はちゃんと理解している」

...頭が痛くなって来た。

「...では早く行動に移さないと、浮城の人間に先を越されるって事か...」

大体浮城の人間に会う訳にはいかないのだ。
浮城を出奔したも同然のラエスリールに取って、浮城に行方を嗅ぎ取られるかも知れない危険を冒すのは得策ではない。
そんなラエスリールの心情を汲み取れてないのか、完全に分かっていながら無視しているのか――恐らく後者の確率が高い――闇主はとんでもない事を口にしてくれる。

「んー、それは大丈夫じゃない? 『印』を付けておいたから」

印...? 闇主の言う印とは、上級魔性が玩具の所有権を主張するという、はた迷惑なアレではないだろうか? まあ浮城の護り手ならばその『唾つけ』の意味を瞬時に理解するだろうが、人間の方はどうだろう? 一般の人間はもちろん、魔性相手に仕事をする浮城の人間達に取ってすら、妖貴以上の力を持つ魔性に出会う機会は――ラエスリールと彼女の周りの一部例外を除いて――殆ど皆無と言っていい。故に、そのような印を理解する者は少なく、知らずに攻撃なんかしたら...?
...何だか嫌な予感がしてきた。
闇主に言わせると、生半可な攻撃では『印』が結界の役割を果たし、指一本触れる事は出来ないだろうという事だが、ではそれをいいように使って、心臓を食い荒らすような殺人妖鬼が浮城の人間を返り討ちにする可能性は?

「まあ、今回その心配は無いだろうが、反撃を食らう確率の方は幾分高いか」

どこまでも他人事のように言い切る闇主に、何だか腹が立って来た。

「どっちにしろ急がないと駄目だって事じゃないか!!!」

そうだな、と緊迫感のカケラも無くのーんと答えを返す闇主を横目に、ラエスリールは内心頭を抱えた。なんだって回復早々、こんな厄介事に巻き込まれなくてはならないというのか? 
探し者は獰猛妖鬼、おまけに浮城と契約済。
どうやって正気を失っている殺人妖鬼を説得しようか、説得した場合に空振りで終わる浮城の報酬がらみの迷惑と、...ああ、それよりも先に、自分がこの事件に関わる事で、浮城に居場所を知られてしまうのではないか、でもター二スさんの願いも叶えてあげたいし...でも早くしないと、闇主の『印』のせいで浮城の人間に危険が及ぶかも...。
時間がないのに考える事は山積みで、半ばラエスリールは混乱状態だった。
そんな彼女に、容赦なくかけられる闇主の一言も、まったく助けになっていなかった。

「思い悩む暇があったら、さっさと用意しろ。 こっちが出向かない事には何も始まらんだろうが。 どうせお前の頭じゃ延々と考えたって何の解決方法も浮かばないんだ、煮詰まって馬鹿になる前に、行動に移せ」

いつもは『よく考えてから行動しろ、一人で突っ走るんじゃない』とうるさく言うくせに、今回は『お前の頭じゃ無理だからさっさと動け』と来た。打開策はまったく見えないが、ターニスの役に立ちたいと心底思ったのも自分なので、いわれた通りにのろのろと準備を始めた。
...全く...体調も万全じゃないと言うのに、こんな事をしているなんて浮城の人間にバレたり、事態が上手く運ばなかったら、闇主の所為だぞ。 そうだ、闇主の所為だ、そういう事にしておこう。
セスランやサティンやリーヴシェラン辺りが聞いたら、思い切り溜め息をつかれそうな事を頭の中で毒付きながら、ラエスリール自身の『貧乏くじ体質』の無自覚さはやはり健在であった。


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