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「おかしいな...」

サティンの止まらない浮城の愚痴に、最初の方こそ相槌を打っていたものの、いい加減疲れてだんまり――無視とも言う――を決め込んでいた妖貴の青年がボソリとつぶやいた。

「鎖縛?」

嫌な予感がした。
サティンも口には出さなかったが、キスタの街に近づくにつれて、何となく当初の『殺人妖鬼』らしからぬ気配を感じる様になっていたのだ。
ただの残忍な能無し妖鬼の類いとは少しばかり違うような気がしてならない。

「一匹だけじゃないな...多分二匹でグルになってるって所かな?」

「ち、ちょっとまってよ、依頼されている妖鬼討伐は一匹よ? それって私達の仕事とは別口の妖鬼じゃないの?」

別に仕事が倍に増えようが、自分の護り手は腐っても妖貴。彼との連携でそんなに手こずるとは思わないが、何だか『休暇』の文字がかすれかけて来たのは気のせいだろうか?
隣を歩いている黒ずくめの青年がかぶりを振った。

「二匹だ、しかも人型だな、こいつらは」

浮城の住人は妖鬼の力のレベルをその容姿で形容する――つまりは、姿形が人に近ければ近いほど、力を持つ魔性という事になる。しかも厄介な事に、魔性には人型でも力が強大であればある程、容姿端麗になっていくという厭味臭い法則まである。
少し前に写磨という人型の美しい妖鬼と相見えた事があったが、彼女は別の妖貴の『復活する為の器』となり得る位の力を宿していた。実際妖貴ともなればその美しさは尋常ではなく...ちらりと隣の男に目をやって、憎たらしい程整った顔立ちにげんなりした。

「...話が全く違うわね。人型だなんて、普通は何人か組んでの仕事じゃない。しかも一匹分の報酬しか払わないで、ついでに二匹目も片付けさせようって魂胆かしら? さすがは悪どい商売人根性だわ」

しかし雑魚妖鬼一匹の筈が、結構力のある人型妖鬼二匹、報酬は雑魚一匹分とは、浮城もナメられたものである。そういえば自分達の容姿を見て、あの依頼人は前金を渋っていたのだ。
あっさり片付けられないとでも思ったのだろうが... 幸いな事に鎖縛が一緒だ――架因との死別を余儀なくされた根源の妖貴をこきつかえる絶好の機会ではないか。

...これは『礼金』もとい、果実酒をたんまり『譲って』もらわないと、割に合わないわよねぇ...ついでにもう一匹は封じないって脅しを掛けて、浮城には内緒で報酬の水増しをさせて...ってあら、なかなか良い考えだわ。
楽な仕事をさっさとこなして、休暇分まで給料をぶんどろうとした事はすっかり忘れて、砂色の美女は不敵な笑みを口元に浮かべた。

サティンの物騒な思惑を、鎖縛はまだ、知らない。


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