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「しっかし、何で屈強の男の心臓なんか欲しがるのかしら? 私だったらむさ苦しくて、むせちゃうわね」 

まるっきり妖鬼退治とは無縁でありそうな砂色の髪の美女は、女性であればかなりの早歩きで山道を進んでいた。 頭上で聞こえる鳥の美しいさえずりが、何とも仕事の意欲を削るのだが、いかんせん『休暇』は後から引っ付いてくるものである。

「あなたも、れっきとした魔性なんだから理由、わかる?」

サティンの問いかけに、嫌々護り手にさせられた妖貴の青年は、不愉快そうに顔をしかめた。

「さあな、俺を雑魚と一緒にするな。そいこらの人間の心臓なんぞ喰った所で、俺には何の足しにもならんからな」

素っ気ないながらも、彼女の軽口を無視せずに応えてくる辺り、だいぶ二人の関係も良い方向に改善されつつあるという事だろう。

転移門から徒歩で二日半の所にキスタの街がある。
依頼人は意外にも酒の醸造者であった。
何でもここ十数年の果実酒の人気で、貯蔵庫からの盗難が多々増え、必然として傭兵を雇ったらしい。
ここまでは良かった。
盗難も減り、一件落着で事態は収まる筈だったのだ。
だが、雇う傭兵が有能であればあるほど、数週間後には心臓を喰われて無惨な姿で見つかったのだ。
それでも代わりの傭兵はすぐに見つかった。
流れ者の腕に自信がある男達は、依頼主の経営する居酒屋でたむろしていたし、彼等も仕事が必要だというので、人手には困らなかった。
だが、そんな男達は次々と心臓をくり抜かれた死体姿で発見され、間もなく街の外でも全く関係のない体格の良い旅人達が次々と襲われ始めたのだ。

人々は噂した。
あの酒屋は呪われているのだと。
関われば命を縮めるだろうと。

もちろん商人である依頼主は、あちこち旅をしながら酒を売って来ただけあって、妖鬼という存在を知っていた――時に彼等がどれだけ残忍に人間を弄び、血肉を喰らうのかも。
そこで変な噂で自分の銘柄に汚名がついては、金儲けにならない――という理由で、手っ取り早く浮城への依頼に踏み切った、という訳である。
もちろん、派遣されたのが妖鬼なぞとは到底対抗出来そうにない砂色の髪の美女と、すらりとした戦いに身を置けそうにない彼女の護り手――造作はそのままに茶色の髪と緑の瞳の人間に化けてはいたが――と知った時、依頼主はかなり疑わしい目を向けながら、不承不承で前金を払っていたのだが。

「...じゃあ質問を変えるわ。あなたはどうしてこの殺人妖鬼は、趣味悪くムキムキのむさ苦しい男ばっか選んでるんだと思う?」

「そんなの、妖鬼の性癖によりけりだ。たまにはそういう輩も狙ってやらないと、美男美女ばかり襲われてたら、世の中不公平だろ」

「あら、世の中不公平なのは、あなただって身をもって経験してるでしょ? これは仕事なんだから、真面目に答えないとあの人にチクるわよ」

...もちろん本気ではない。
鎖縛は以前のような、根暗で卑屈な性格から随分と解放されつつあった。
退屈な徒歩の移動で、言葉遊び位しないと、余計な事を色々と考えてしまいそうだった。
それがわかっているから、鎖縛もにやりと笑って言葉を返す。

「仕事とは名ばかりの休暇だろ? しかしお前のその図々しさは、救いようが無いな。生まれて来る種族を間違えたんじゃないのか?」

「何言ってんのよ、あなたとラスを見てたら、少々ふてぶてしくないと大損だって、傍から見てても痛い位に明瞭だわ」


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