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「あー、ラスってば今頃どうしてるのかしら?」

浮城の食堂で、穀物を混ぜたパンに野菜と砂ウサギの肉を挟んだものを頬張りながら、砂色の髪の美人捕縛師は、隣で同じものを盆に乗せて据わった万年笑顔のブロンズ髪の青年を顧みた。
ラエスリールが出奔してから早二年も経とうとしていた。
その間に自身にも、相変わらず向かいに据わって藤色の美貌の青年との痴話喧嘩をしている魅縛師の美少女にも、色々と災難が降り掛かったのだ。

「まぁ、あの娘にはあの方がついてますから。そうそう死ぬ様な目には遭わないでしょう」

それなりの災難は、あの娘自身が持ち込んで楽しんでいるんじゃないですかねえ?
万年笑顔魔人は平気でそういう事を言ってくれるが、ラエスリールがラエスリールである以上、平穏な日常というものを送ってはいないのは確かだろう。
大体、災難を楽しむというのは常人では有り得ない感覚であり、深紅の青年はともかく目の前にあの不器用な娘が居ようものなら、必死で反対するに違いないのだ。

「セスラン、あなた随分他人事よね。 私なんか、あの娘の事ばかり頭が行っちゃって、もう白髪が増えるったら! 大体、ラスもラスなんだわ。 有能な護り手がついてるんだから、連絡出来るなら毎月でも、連絡してくれたっていいじゃない!」

砂色の美人捕縛師であるサティンが、毎日の様にラエスリールを思い出して心配しているのにも理由がある。 すなわち彼女の護り手――柘榴の極悪妖主が面白がって復活させたとしか思えない――がラエスリールに引っ付いているその人の顔を嫌でも思い出させるからである。
しかもその件の深紅の青年の性悪な性格は、人、魔を問わず知れ渡っている事実であり...更にラエスリールと言えば問題を次々に引っ掛けて来る厄介な習性があり...。
ああもうっ...! 心配になるのは当たり前じゃないの!!

「あの男は大の退屈嫌いだったからな。 確かに金の娘も大変な思いをしているだろうよ」

例の極悪妖主を思わせる張本人が、横槍を入れてくれる。
色々な意味で『お気に入り』であった者の、気苦労というものが伝わる様な発言だった。
早い話、彼はラエスリールを思って同情しているのである。
実際ラエスリールが現れてからというもの、こちらに玩具遊びが飛び火しなくて、せいせいしていたのだ。

「本気で言ってんのかしら?」
「鎖縛...あんた...」
「わかってないですねえ」
「ある意味幸せかも」

一同様々な感想を漏らすが、何故だか愛しきラエスリールを擁護している様には聞こえない。

「あなたってばラスの困った拾い癖を知らないんだわ。 いくらあの人がしたたかで強心臓でも、ラスが無自覚で引っ掛けて来る大量の奴隷志望と大当たりくじの排除には、結構頭を悩ませていると思うのよ」

サティンの誰を心配してるかわからない言動に、邪羅がこくこく頷く。

「確かにそうだよなー。 でもさ、兄ちゃんってば変な所で無頓着だからさ、姉ちゃんの拾い物にも厄介になるまで放っておいたりするんだよなー」

なんせあの男はどんな危険な場面でも、余裕たっぷり『退屈知らずでけっこうなことじゃないか』と言い切る、はた迷惑な性格の持ち主である。

「まあ、あの方もラスにそのくらい振り回された方が、有意義ってものでしょう?」

「あんな奴、もっとラスにブンブン振り回されて痛い目見れば良いんだわっ!」

「リーヴィ、そのような言動はつつしむ様に。聞いていて気持ちのいいものではありませんよ」

彩糸のたしなめる声と、何だか放っておけば何処までも反れて行く会話を無理矢理戻したのは、やはりというかこの連中に遅れを取りまくっている鎖縛であった。

「それで一体どうやったら、お前達が金の娘の心配をしていることになるんだ?」

決まってるじゃない、とサティンが肩をすくめる。

「最終的に自分の所為だと思い込んで、勝手に傷ついて、泣くのはラスだからよ」

...なんだか理不尽な気がすると思ったのは、どこの誰であったか。

「姉ちゃんは優しいかんなー。 どっかの暴力娘に爪の垢煎じて飲ませた...って、いってーなっっ!
お前のその手が早すぎるっつってんだよ!!」

誰の事言ってんのよっ!!と邪羅の台詞が終わらないうちに平手打ちをかました金髪娘は、今度は拳を握ってふんぞり返っている。

「いたいけな少年少女は置いておいて、サティン、そういえば仕事がはいってませんでしたっけ?」

なんでも無い様に、彩糸の差し出した甘いお菓子を頬張りながら、ブロンズ髪の青年が話を変える。

「そうなのよ、でも今回のは楽勝そうだわ。ただの心臓目当ての殺人妖鬼ですもの」

「なんでも屈強の男性ばかり狙われるというあれですか? そんな低俗な事をするぐらいなら完璧な妖鬼なんでしょうねぇ」

妖鬼は力のある人間の心臓を喰らって力を得ようとする。
しかし外見が屈強だからといって、力のある心臓とも限らない。
それすらもわからないほど低能な妖鬼なのか?

「しかし屈強な男性を囮に使わなくてはならないのに、何故あなたに依頼が来たのです? それなら、破妖剣士のオルヴァンとか、他にも男性というだけで、あなたよりも『美味しそうな』餌になりそうな人達は沢山いるでしょうに」

しかしサティンは――そこそこの男性なら簡単に騙されるであろう――にっこり笑顔でふてぶてしい内容を口にしてくれる。

「私が立候補したのよ。 だってキスタの街と言えば、カラヴィスで有名な果実酒の原料地じゃない? 新鮮な果物と、緑の中で、ほろ酔いながら私は身も心も静養して来れるのよぉ。 しかも仕事は変態妖鬼一匹! 手こずったふりして半月位仕事がてらの休暇に充てれるじゃない」

その間もお給料ぶんどれるって事よねぇ、とはさすがに浮城の公共場では口には出さない。

「お前、前々から思っていたが、妖貴の女より腹黒いな」

言葉に出さなかったそれを読み取ったであろう、厭味たっぷりの鎖縛の攻撃にも、サティンは動じる事は無かった。

「そこまで褒められたら、これからも頑張ろうっていう気になるわ。 っとそうそう、鎖縛、あなた髭でも生やして、もっと筋肉付けて、斧でも持って、屈強の男を演じるのよ?」

鎖縛とは、やはり不幸の星のもとに生まれて来たのかも知れない――。


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