第四話
「あれで行くしかないだろうな」
こそこそこそ。邪羅は緋陵姫に耳打ちした。
「なるほど。いたしかたあるまいな」
ごそごそごそ。緋陵姫は乱華に内容を伝えた。
「………あまりに馬鹿らしいので、好きではないが仕方ないな」
邪羅、乱華、緋陵姫の3人は忍び足で闇主と ラエスリールの眠るベッドに向かう。
「貴様らの計画はすでにばれているんだよ!」
闇主が起き上がり、こちらにやってきた。
「貴様こそ何をやっているんだ!姉上を眠らせておいて、 共に眠るとは良い度胸だな。
私が帰った限りもう好き勝手には させぬぞ赤男!!!」
乱華はきっぱりと言い放った。
「ほほう。良い度胸だ。俺に逆らおうとは正気の沙汰とは思えんな。
ラスと俺様とのラブラブタイムを邪魔しやがってタダですむと思うなよ」
「私は本来は部外者なのだが、乱華の姉のことだからな。
黙って見ている訳にはいかない」
緋陵姫は乱華の隣に躍り出た。
邪羅は立ち竦んだまま動かない。
「おいお前ら止めとけよ。緋陵姫も、この兄ちゃんがどれだけ非道で
あくどい男かってことは話しただろ!命惜しくないのかよ!」
邪羅が必死に止めるが乱華と緋陵姫は、止まらなかった。
「今この男を逃がしたら悔やんでも悔やみ切れない」
「私も乱華と同じくだ」
乱華と緋陵姫の決意は揺るがなかった。
「何抜かしてやがるんだお前等は!
誰が誰を逃がさないって? お前等に捕まった記憶はないんだがな」
さすが図太い男だ。
「乱華……私がラエスリールを」
冷静沈着に状況を判断し、緋陵姫はラスのいるベッドに向かった。
「あ、おいまて、ラスがせっかく眠ってるんだから起こすんじゃない!」
緋陵姫はすやすやと眠るラエスリールを抱えて、扉を目指す。
ラエスリールを鏡に映したような容姿の緋陵姫が、
ラエスりールを抱いているのは、 不思議な光景だった。
「そうだな。ラエスリールの事なんだが、セスラン様のお部屋にでも……」
「そ、そうですね。じゃあ行きましょうか」
緋陵姫、乱華に続き邪羅も部屋を出て行こうとしていた。
「貴様ら、俺を無視するとは許さんぞ」
邪羅が闇主に首ねっこを掴まれ宙に浮いている。
「邪羅、あんな花くらいに、まだこだわっていたのか」
「それとこれとは関係ねえよ。
俺達は兄ちゃんが卑怯な真似すんのが気に入らなかっただけだ」
邪羅はどこまでも善良な心根の持ち主だった。
「全ては金髪小僧のせいなんだぞ。あいつのせいでラスは
毎日毎晩、内職で日銭を稼いでるんだよ……寝る間を惜しんでな」
「嘘だろ……」
「俺様の言うことが信じられないのか。今日もラスは
ほとんど眠っていないようだったから、この俺が寝かせてやったんだぞ」
この男の言葉は信用できないが、今日は嘘をついていないようだった。
「姉ちゃん、起きてくれないか?」
邪羅は緋陵姫の腕の中で眠るラエスリールを起こそうと声を掛けた。
「……う……ん……邪羅?」
ラエスリールは瞼を擦りながら、眼を開けた。
「初めましてラエスリール、私は緋陵姫だ。乱華とは……」
恥ずかしそうに口ごもる緋陵姫を乱華がフォローする。
「恋人の緋陵姫です。実は結婚の約束をしてまして」
「本当か。おめでとう、良かったな乱華」
「ありがとうございます」
「姉ちゃん…それよか、こいつのせいで無理してたって本当か?」
邪羅が心配そうな眼差しで、ラエスリールを見ていた。
「別にたいしたことではないから気にしなくていい」
「いつでも言ってくれれば、姉ちゃんの為なら何だってするのに。
父ちゃんとの事で世話になった礼がしたいって母ちゃんも言ってたし……」
「いいんだ。これは私と乱華の問題だから」
ラエスリールは強い眼差しで言った。
「姉上、私のせいで申し訳ありません。今まで気づかずにいたなんて。
今作っている魔法薬が完成したら、サティンさんの薬屋さんに置いて頂こうと 思ってます。
姉上ありがとう…後は私一人で何とかしますから」
「そうか……わかった。彼女を幸せにするんだぞ。」
「はい!!!」
乱華は強く頷いた。
「行きましょう緋陵姫」
「それではラエスリール、邪羅、またな」
緋陵姫は乱華とともに、寺をあとにした。
後に残ったのは邪羅、ラエスリール、闇主の3人。
「ぎゃあぎゃあわめきやがって!やかましい奴等だ!」
闇主は、相当怒っているらしい。
「悪い、兄ちゃん。俺が変な勘違いしたせいで」
邪羅はすまなさそうに言った。
「まあ良いじゃないか?乱華の彼女も見れたし」
「それ!俺びっくりしたぜ姉ちゃんにそっくりだもんな」
「ああ私もびっくりした」
「ラスの方全然可愛い!」
闇主はラエスリールを引き寄せて、もう一度ベッドに横たわらせる。
というか押し倒した。
「おやすみラス!また来るからな」
闇主は邪羅を引きずって、部屋を出て行った。
観音開きの扉を開けて外に出る。
その時、セスラン住職に呼び止められた。
「お帰りですか。さっき闇主さんに電話がありましたよ」
「ああ!?誰からだよ」
「茅菜さんから、『帰るの遅いから今日の夕飯抜き。 バーカ!』だそうです」
セスランは茅菜の物真似をいれて言った。
「なっ!あんのくそガキ!許さんぞ!」
闇主は怒りの全速力で駆けて行った。
「そうそう、邪羅君。お母様が先ほどから居間でお待ちですよ。」
「母ちゃん、まさか迎えに来たのかよ……」
邪羅は恐ろしさで身震いしていた。
セスランに案内されて客間を訪れた邪羅は、優雅に紅茶を啜る母―白煉―の姿を見つけた。
「母ちゃん!どうしたんだよわざわざこんな所まで来て」
「あの男に電話で復縁を迫られたのじゃ!」パリン!
怒りに任せて白煉は、持っていたティーカップを割ってしまった。
「ひっ!」
邪羅は青ざめた。後ろに立っているセスランはどう思っただろうか。
「だいじょうぶですか白煉さん?ティーカップの事は気にしないでくださいね。
何せ安物ですから」
セスランは思いっきり気になることを言って去っていった。
口とは反対のことを思っているのかもしれない。
「父ちゃん、やっぱり本気だったんだ」
邪羅がそう言うと途端に白煉の顔が引きつった。
「この前父ちゃん家に言った時、まだ母ちゃんのこと
諦めてなさそうだったからさ。まさか母ちゃんに電話するなんて」
「あの男の声聞くだけで虫唾が走るわ。お前はどう思っておる?」
「俺は母ちゃんの幸せ願ってるよ。もうごたごたはごめんだし」
「それなら、お前はもう家から立ち去っておくれ。妾はやはり一人で暮らしたいのじゃ。
煩わしいからな。あの男の……藍絲の所へなりと行くがよい?」
非情なる母親の言葉に言葉を失う邪羅だった。
「あの父ちゃんの所なんて行ったらどうなるものかわかったもんじゃないよ。ここで世話になる」
「妾には何ら関係がない。好きにすれば良いのじゃ」
白煉は邪羅を完全に突き放したようだった。
「俺も冷血漢な女を母親に持ったもんだな」
「好きで母親になったのではない」
白煉の言葉には思い切り気持ちがこもっていた。
封魔寺から徒歩で10分程の距離にある八百屋。
そこでは無愛想な青年が店頭に立っていた。
「この野菜は美味い。保証付だ買って行け!」
鋭い目つきで凄む様子は、ある意味脅しに近いが、微妙に
弱気な態度(へっぴり腰)なので、不快感を与える程度で済んでいる。
顔のよさで幾分柔らかさを感じさせているようだ。
そこに現れた美青年。
髪の色と瞳の色が違うが、どことなく雰囲気が前者の青年と似ていた。
「そんな接客で品物が売れるわけないだろうが!」
突然現れた闇主が鎖縛から強引にエプロンを奪い取り、彼を店の奥に押しやった。
「いらっしゃーい!今日は先着100名にもう一個おまけするよー
早いもの勝ちだ♪」
闇主は人の良さそうな笑顔を浮かべた。
これが偽善であることを誰が予測するだろう。
数分後。
八百屋の前には、数え切れない人々が並んでいた。
店の奥にはうなだれた様子の鎖縛が佇んでいる。
あの口の巧さ。人をこけにしたような猫かぶり。
あの男には永遠に勝てそうもない。
鎖縛は悲しい程に理解した。
店頭に並べていた野菜は全て売り切れたのだ。
「ふはははは!俺様の偉大さがわかったか?」
「ああ。嫌という程わかった。夕食にしよう」
茶の間では待ちくたびれた茅菜がいた。
「どう野菜売れた?」
「俺様のおかげで、ぜーんぶすっからかんだ」
「ああ闇主のおかげで、今日はすごい黒字だ」
「それなら今度から闇主が店に立ちなさいよ〜。
バカ鎖縛じゃ赤字続きでこの店つぶれちゃうわ」
茅菜の提案に闇主は、
「そんな面倒なことお断りだね。ま、たまには替わってやってもいいが?」
居候のくせにえらそうな男である。
だが鎖縛は我慢するしかなかった。
「やっぱりあたしがやるしかないのかしら」
茅菜はふうと溜め息をついた。
「子供にそんなことさせるわけにはいかない。俺がやる」
兄らしく妹を気遣う鎖縛だったが、
「どうだか。いっつも困った様子であたしを呼ぶくせに!
そういうことはまともな接客が、できるようになってから言ってちょうだい!」
これではどっちが年上なんだかわからない。
だが鎖縛に悪気はないのである。
闇主のあくどさは彼には存在しない。
「お前等、飯食わねえのか。じゃ俺が」
闇主はどさくさに紛れて大皿にのったおかずを平らげようとした。
「何やってんのよ。あんた!!」
茅菜は思いきり、闇主を突き飛ばした。
こんな小さな体のどこからそのパワーを出しているのかと誰もが疑うに違いない。
「ちっ……」
数日後、封魔寺にある人物が訪れた。
緋陵姫の母、翡蝶である。
「乱華君はいるかしら?」
「少々お待ちくださいね〜呼んできますから」
「……乱華君のお部屋まで案内して下さる?」
翡蝶は美しい笑顔で言った。
「わかりました。こちらです」コンコン。
「乱華くーん。緋陵姫さんのお母様がいらっしゃいましたよ」
ガチャリ。
「お久しぶりね。ちょっとお話したいことがあったの。良いかしら」
「どうぞ」
乱華は翡蝶を部屋に招きいれた。
彼女は一時期付き合うのを反対していたが、
今は緋陵姫とのことは認めてくれている。
だが乱華は、未だ何となく翡蝶のことが苦手だった。
緋陵姫には話してはいなかったけれど。
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