第二話
「まったく可愛らしいの一言につきますよねぇ…サティン」
セスランの隣には砂色の髪ではしばみの瞳の美女が座っていた。
「ええ、セスラン。弟君はラスが大好きで大好きでしょうがないってかんじだものね。
でも私としてはシスコン過ぎるのもどうかと思うわ。きっと、一生彼女できないわね」
サティンはうんうん唸って腕を組んだ。
「手厳しい言葉ですね〜ラス以外目に入ってないって事はないと思いますから
安心して良いのではないでしょうか。
この間帰ってきた時の彼の様子ときたら、まさしく年頃の青少年って感じでしたよ」
セスランはあくまでほのぼのしている。
「な、なんなんですか〜もったいぶらずに教えて下さいセスラン」
サティンの顔にはわくわくドキドキと書いてある。
彼女は、他人の噂話が大好きだった。
「ふふふふふ…それは秘密ですvあの乱華君怒らせると怖いので、
所詮部外者に過ぎないんですから想像するだけに止めておきましょう」
セスランは最後の一口のお茶を口に運んだ。
「ところでサティン、今日は何の御用で来たんですか?」
くるっとセスランがサティンの方に顔を向けた。
「いつ切り出そうか隙を窺っていたんですけどね。弟君が壊したアパートの事です。
管理人の方がお隣に住んでるんですよ。
それで今回の件で非があるのは弟の乱華くんだから、ラスまで責任背負わなくて
良いんだっていうことをマンスラムさんから伝えておいて欲しいといわれたんです!」
サティンは力説した。
「…ラスは弟想いだから弟がやったことでも自分も一緒に責任取ろうと、
思ったんだろうね。まあ乱華君一人で何とかできるわけじゃありませんから。
ラスの好きにさせてあげましょう」
「そうした方が良いんですよね。何だかしゃくだけど……
あらっ何だか良い男が……」
その時、お寺へ上る坂道を行く青年と少女の姿がいるのを
サティンは目ざとく発見した。
  「あらたなお客様がきたようですね」
セスランは立ち上がり青年達の方に向かった。
「いつも嫌味な顔してるわね!インチキ和尚ー」
黒髪に黒瞳の美少女が生意気な言葉をセスランに投げた。
「おや茅菜ではないですか?今日はお兄さんと一緒ですか?」
「いつも妹が世話になってるな」
茅菜の隣からぶっきらぼうな声がした。
「えっとあなたのお名前はv」
サティンはすっかり茅菜の兄の顔に見惚れていた。
「名前を聞いた方が先に名乗るのが礼儀だろ?」
妹とおなじく黒髪黒瞳で超美形の兄はサティンの言葉に異を唱えた。
当然の道理といえばいえた。
そこで、助け船をだしたのは。
「これは失礼しました。この寺の住職を務めるセスランです。趣味は読経と書道。
特技は魔物を封じる事ができます。こっちはサティン。薬剤師さんです」
セスランは、饒舌に喋った。何だか空恐ろしいことを聞いたと鎖縛は思った。
「…さ、鎖縛だ」
鎖縛は一瞬怯んだ様子で名乗った。
「へぇ鎖縛って言うのね。あっちの裏山で二人っきりで話さない?」
サティンはすでに鎖縛の腕を掴んでいる。
「は、離せ!」
「もう照れちゃって!」
サティンは鎖縛をずるずると引きずっていった。
セスランと茅菜の二人は唖然とした様子でサティン達を見送った。
「サティンもあいかわらずですねぇ」
「良かったんですか、茅菜?お兄さん連れて行かれてしまいましたよ。」
「…あのアニキには試練というものが必要なのよ。客商売やってるくせに
愛想は悪いし勘定は間違えるし、とばっちり受けるこっちはたまったもんじゃないわ。
従兄のあいつもアニキをいじめること…もとい鍛えることには協力的だし。
この分だとあたしの将来は安泰ね」
茅菜の瞳はきらきらと輝いている。
「ところで、そのあいつというのはどういう方なんです?」
「それはねえ」
セスランと茅菜の会話はそこで途切れ、坂道を登ってくる二人の男女に釘付けになった。
片方は金髪緑瞳の青年。もう一方は黒髪に左が深紅・右が琥珀の瞳の美女である。
何とも絵になる二人である。
「おや、早かったのですね。乱華君もラスももっとゆっくりして来ても良かったのですよ」
とたんに乱華の顔がしかめっ面になった。
「はめを外しすぎてまた門限に遅れたりしたら、
また恐ろしい罰が待っているでしょう!?しかも嬉々とした笑顔を浮かべて。
姉上とも相談してなるべく早く帰宅しようということになったんですよ」
セスランを睨みつけながら、乱華は早口で捲くし立てた。
「良い心がけです…忘れないように」
「ちょっとーーあたしの事忘れてんじゃないわよ!セスランと乱華って奴!
ラスも困ってるじゃない」
突然の茅菜の乱入である。
「あなた本当に綺麗ねvくやしいけどアイツの目は確かだわ」
眼差しはラエスリールに注がれている。
強烈な熱視線を浴びたラエスリールは少し戸惑いながら、
「…茅菜っていったか。アイツって誰の事だ?」
「あなたのよーく知ってる男よ。そういえばもうすぐここに来るって」
茅菜は意味有り気に笑った。
乱華は茅菜の話の男が誰の事であるか思い当たったらしく、
「姉上、まだあの男と連絡を取り合ってたおられたとは!
もう片方にもここを教えていそうですね?」
「乱華、闇主と邪羅も心配しているだろう。
ところでお前買い物の途中でどこに行ってたんだ?」
ラエスリールはやはりラエスリールだった。
「姉上…とりあえず部屋でお話します。
部外者のいる所で話しても 面白くありませんからね」
乱華はラエスリールの手を引いてすたすたと歩き出した。
その手には豪華な装丁の書物が握られていた。
「何よーアイツ。さっさとラス、連れて行っちゃってー
またこんな 変人と二人だけになっちゃったじゃない!」
茅菜は可愛らしく頬をふくらませた。
「そんな変人の所にいつも遊びに来るのはあなたでしょう。
私はそろそろ読経の時間なんですが、茅菜も一緒にどうですか?」
セスランの隣には茅菜の姿はすでになかった。
「お兄さんを呼びに行ったんですか。じゃあ私も寺の中に入るとしましょうか」
セスランは、縁側の下の沓脱石に履いていた草履を脱いだ。



邪羅と闇主は共に白煉のマンションに居候していた。
邪羅が母親である白煉の家を訪れていた所、後から闇主が押しかけて来たのだ。
「邪羅…言い加減その男を連れて何処かへ行かぬか!
せっかくあの人形師の男と別れて独身生活を満喫しておるのに」
白煉はその美しい乳白色の髪の先まで、殺気を漲らせていた。
「兄ちゃんは早々に追い出すからさ。俺はここにいてもいいだろ」
邪羅は気弱な調子で言った。やはりこの母親が怖いのだ。
「そうじゃなそなたには今日中に出て行ってもらおうかの。
わかったな……赤髪!」
「はいはい…どうせラスん所行くつもりだったしな。 せいせいするぜ」
闇主の態度のデカさは相変わらずだった。
結局そのまま白煉に礼も詫びの言葉も無しに、部屋から立ち去った。
白煉は揺り椅子に体を預けたまま、ヒールの踵で邪羅の足を思いっきり踏んづけた。
「痛ってーな、何すんだよ!」
「そんな所に足があるのが悪いのじゃ」
白煉はその外見からは想像がつかないほど、素晴らしい性格をしていた。
「お主も早々に身の振り方を決めることじゃな。妾にも考えがある故な」
「わ…わかってるさ。さ、俺も姉ちゃん所でも行くとするかな」
邪羅が玄関の方に向かって歩き出した時、
「出掛けるのか?ならついでに人形師の男の所に行って、 慰謝料を請求してきてくれ」
一枚の紙切れが飛んできた。
「いってきまーす」
げんなりした様子で邪羅は部屋を出て行った。
一方、緋陵姫が司書をしている図書館では……。
緑髪緑瞳で褐色の肌の美女が、緋陵姫に向かって怒鳴っていた。
「どうゆうことよ!私がせっかく描いた絵に落書きされてるじゃない!」
「前々から言おうと思っていたのですが、やはり外した方が良いでしょうか?」
母の目を真っ直ぐ見つめて緋陵姫は言った。
「今すぐ外してちょうだい!大体あなたがいけないのよ。
そんな子供を館内に入れたりして!」
「すみません母上。小さな子供に見つめられると弱いのです。
もうこのような事が、ないように致しますので」
「もういいわ!」
緑髪の美女―翡蝶―は、怒りも露に踵を返した。
「あ、母上お約束は?」
「今日は忙しいのよ。画商の男とも会わなければならないし。
またいつでも機会があるでしょ」
無情な母の言葉だった。
彼女―緋陵姫―の母は昔から、気まぐれでわがままな女性だった。
それでも彼女にとって唯一人の母だった。図書館の館長兼画家である彼女。 
緋陵姫は紹介したい人がいるからと、翡蝶に告げたら、意外なことに
喜んでくれて会ってくれることになったのだが。
緋陵姫は翡蝶が描いた絵を取り外しにかかった。
早く母の怒りが静まるよう祈りながら懸命に。
と、その時。ガチャリと扉の開く音がした。
綺麗な金の巻き毛の青年の姿がゆっくり近づいて来る。
「緋陵姫さ……緋陵姫。お母様はまだでしょうか?」
さんづけで呼ぼうとしたのを慌てて言い直して、乱華はにこやかに微笑んだ。
他人行儀だから止めて欲しいと緋陵姫に言われたからだ。
「乱華…来てくれたのか。魔道書は役に立っているか」
緋陵姫の瞳に微かな翳りが落ちたのを乱華は見逃さなかった。
「魔道書はとても役に立っています。それより、何かあったのですか?」
地べたに膝をついているのもおかしく思ったのかもしれない。
「乱華すまない、母上は今日は会って下さらない。
私があの絵を外さずに いたから母上は怒ってしまわれてしまったんだ」
「先ほど図書館の外の所で美しい緑髪の女性を見かけたのですが、もしかしてあの方が」
「私の母上で翡蝶という。とても素晴らしい方だ」
淡々と緋陵姫は語った。
「また機会はあるではありませんか?
どうか悲しい顔をならさないで下さい。さ、どうぞ」
乱華は緋陵姫の方に自らの手を差し伸べた。
「ありがとう」
緋陵姫は乱華の手を取り、照れたように笑った。
母と同じ言葉を聞いた緋陵姫は乱華との距離がまた少し近付いた気がした。
「下まで一緒に行きましょう」
二人は手をつなぎ夕闇の中に消えて行った。

数日後、緋陵姫の家に緋陵姫と共に訪れた乱華は 意外な人物の祝福を受けた。
―緋陵姫にとって意外だったのである―
緋陵姫の伯母の識翠。母翡蝶の双子の姉に当たる女性である。
乱華は初対面ですぐに気に入られてしまった。
何故かは教えてくれなかったのだが。



邪羅は、何時の間にか父藍絲の家に辿り付いていた。
来るまでに何度溜め息を落としたか知れない。
その家は元は白煉と邪羅も住んでいた屋敷だ。
庭に足を踏み入れるとアトリエから怪しげな 独り言と共に、何かを削る音が聞こえてきた。
「お前の目の色は何にしてやろう?やはり真珠玉が、似合いそうだな」
いつものごとく母の人形を作っているようだ。
邪羅はどう声をかけてやろうか逡巡した挙句、
「慰謝料さっさと渡しやがれーーーーーーーーって母ちゃんが言ってたぞ」
邪羅は父親の頭に向けて、紙ヒコウキにした手紙を飛ばした。
「邪羅、久しぶりに会った父親に向かって………」
見事なまでに彼の頭に命中したようだ。
藍絲はぶつぶつ文句を垂れつつ手紙を開いた。
『離婚してもう3年経過しておる故。
早く慰謝料 と利子まとめて渡さねば今後一切の縁を切る。
生涯お主のようなロクデナシとは会わぬ』
「父ちゃん。いい加減その人形作りやめろよ。
そうしたら母ちゃんだってもう一回振り向いてくれるかもしれないぜ」
邪羅は父親の背中にそう告げたのだが。
「私は誇りを持ってこの仕事をやっておるのだよ。
きっといつかあの女性もわかってくれるはずだ」
言いながら藍絲は髪をかきあげた。
やはりこの父、自分に酔いしれている。
「女の人形しか作らない変態のくせしてよく言うぜ。
せめて母ちゃんの人形
作って変な事したりするのはやめとけよ。」
呆れと諦めを含んだ表情を邪羅はした。
「な、何故それを!まさか覗き見していたのか邪羅!」
少し怒りにも似た形相で藍絲は怒鳴った。
「父ちゃんのやってることくらい想像つくよ。もう何言っても無駄なんだな」
溜め息をつきながら邪羅は去って行く。
「今度の日曜に三人で食事にいこうーーーーー!」
邪羅の背中に父藍絲(年齢不詳)の哀れな絶叫が響いていたが、完全無視をした。
藍絲の屋敷を出たら駅前の所で、見慣れない花屋を見つけた。
色とりどりの花達が所狭しと陳列されている。
邪羅はその花達よりも目を引くものを見た。
奥で、レジに立つ虹色の髪の美女がいた。
姉妹だろうか。手前でも金髪緑瞳の少女が花の世話をしている。
彼女もまた美しく可愛らしい。邪羅は思わず目を奪われた。
美人姉妹という表現がこれほどぴったりな二人が他にいるのだろうか……
というのが邪羅の外見を見た感想だった。
「いらっしゃいませ〜どの花になさいますか?」
金髪美少女が笑顔で話し掛けてきた。
「えっと…買い物にきたわけじゃないんだけど、
偶然通りかかったら花屋をみつけてさ。
奥のお姉さん美人だな。名前何てーの?」
目の前の少女を差し置いて邪羅は聞いた。
「姉の彩糸だけどそれが何か?」
少し癪に障ったのか、少女の笑みは引き攣っていた。
「ごめんお前の名前は?俺は邪羅って言うんだけど」
「リーヴシェランよ!初対面なのにいきなり失礼な奴ね。お前ですって!」
「本当に悪かったよ。花買っていくからさ」
激しい剣幕の少女―リーヴシェラン―に邪羅は、へしゃげつつ答えた。
「あったりまえでしょう。で何にする?」
「そこの黄色と赤色の混ざった花くれる?プレゼント用にしたいんだけど」
「そこの花ね。あんた見かけによらずセンス良いじゃない?」
リーヴシェランは皮肉混じりにそう言うと、奥の方に歩いて行った。
「なんだよあの女」
邪羅は思わずぼやいてしまった。
奥からは何やら話し声が聞こえてくる。
「彩糸姉さん。プレゼント用のラッピングお願い」
「はいあらこのお花さっきのお客様も買っていらした花だわ」
「そういえばそうね。さっきの客、男のくせに長ったらしい髪だったわ。
偶然にもあたしの髪と瞳の色が同じだった。それにしても今日の客男ばっかりね」
「恋人にプレゼントする花を買いに来ているんだわ。何てロマンチック」
姉の彩糸は、夢見るような瞳でうっとりしている。
「…とりあえずこれ持って行くわね」
話し声は途絶え奥からリーヴシェランが出てきた。
綺麗に包装された花を手にしている。
「お買い上げありがとうございます。○○○円です。
メッセージカードはどうなさいますか?」
リーヴシェランは、営業用スマイル全開である。
「いらねえ。それよりもお前と同じ髪と瞳の色の客って」
「聞いてたの。そいつメッセージカードにやたら いっぱい書いてて気持ち悪かったわ。
それだけよ。あんたの知り合い?」
「もしかしたら・・・・・・・・・・・。花サンキューな!」
「あっちょっと待ちなさいよ。そんなこと言われたら
気になって仕方がないじゃないの。どうしてくれるのよ!」
走り去る邪羅にリーヴシェランは虚しい問いかけを投げた。
ラスがいる封魔寺へと邪羅は足を急がせていた。
足取りも軽やかに坂道を駆け上る。
「姉ちゃーーーん!!!」
邪羅がラエスリールの名を叫んだ次の瞬間、彼の視界は 深紅に染まった。




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