第一話
その家は不思議な家族で構成されていた。
黒髪に琥珀の瞳の方は姉ラエスリール。
金髪に緑の瞳が弟の乱華この二人と紅い髪と 瞳の青年と純白の髪、白紫の瞳の青年の四人。
ちなみにあとの二人はただの居候であった。
「朝食ができましたよ、姉上」
材料の調達は姉のラエスリールが、食事はいつも弟の乱華が作っていた。
姉は料理が不得手なのだ。否、料理以外でも不器用な所が多い。
そんな姉を乱華は憎々しくも愛しく思っていた。
変な居候さえ連れてきたりしなければもっと良かったのだが。
「またこのクソ不味い飯を食えっていうのか…相変わらず生意気な小僧だな」
姉の向側に座っていた深紅の髪に深紅の瞳を持つ青年。
青年は何だかんだ言いつつ自らの茶碗を乱華に差し出していた。
「な、不味いなどといいながら茶碗を渡すのはやめてください。貴方は遠慮のえの字も
ご存知じゃないのか!まったく…姉上がこんな男を連れて来るからですよ。」
しばしの沈黙の後、ラエスリールが会話に入ってきた。
彼女は食べ物が口に入ってる時は 絶対に喋らない。
いつも1テンポずれて返事をするのが常だった。
「そうは言ってもな乱華、彼は家を失って帰る所がないんだ。追い出すなんて可哀相じゃないか」
「姉ちゃん、兄ちゃんの場合自業自得ってやつだろ?自分で瓦礫の山にしちまったんだからさ」
姉ラエスリールの斜めに座って食事をしている白銀の髪の青年が、口を挟む。
「あーーーーーーーーーーっ!なにすんだよ意地汚いぞ兄ちゃん。」
「他所を見ていたお前が悪い」
紅髪の青年は不機嫌丸出しの様子で、白銀の青年の皿から卵焼きを横取りした。
「闇主、他人の物を盗るなといつも言ってるだろう?邪羅すまないな私の分を食べていいから」
「良いのか姉ちゃん?じゃいっただきま〜す」
「貴様…姉上の為に丹精こめて焼いた卵焼きを!」
乱華は拳に力を溜め邪羅に放とうとした。
「乱華やめろーーーーーーーーーーーーー!」
言うが遅し。ドーンという爆音とともに、ラスと乱華の家(アパート)は跡形もなく消え失せた。
もちろんラエスリールは、闇主が張った結界のおかげで無事である。
邪羅も数メートル弾き飛ばされたがほとんど無傷だった。
「…痛ってーっ。ちっとは力緩めろよな。」
当の乱華の頭の中は常に姉のことでいっぱいであった。
「あ…姉上があの二人にに甘すぎるのだ。私というものがありながら……。
これからどうすれば……姉上とあの男とふたりだけにするわけにはいかないし……」
彼の悩みは尽きそうにない…。
「乱華、私はお寺で住職をされているセスラン様のところにいってみようかと思うのだが………」
「あの者はあまり好きではありませんが、姉上が行くのならご一緒させていただきます。
よもやまさかそっちの二人も一緒ではありませんよね?」
ラエスリールの提案に乱華はいささか顔を顰めたが、一人で行かせることは できるはずがなかった。
「俺様は八百屋やってる鎖縛のとこでも行ってるさ」
あいつに否が唱えられるはずもないからな…とも聞こえた気がした。
「うーん父ちゃんの所行くのは恐ろしいし、母ちゃんの所行くのもなあ。
一人で色々考えてみるよ」
「闇主も邪羅わざわざ人の家に行かなくてもいいじゃないか」
ラエスリールはふと思った疑問を口にした……が、 闇主と邪羅の答えは極悪極まりないものであった。
『だってあいつからかうとおもしろいだもん』


邪魔な二人組がいなくなったことに、乱華は歓喜していた。
ラエスリールが闇主というおかしな男と邪羅を連れて来てからというもの
不快な気分が続いていたが、それもこれで終わりだ…。
ラエスリールと二人で暮らせる日までは、あの得体の知れない
セスランという者の所で必死に耐えるしかないだろう。
あの二人が姉から離れただけでもよしとしよう。
「どうかしたのですか姉上?」
ふと気づくとラエスリールが複雑そうな顔で、こちらを見ていた。
「乱華、私は怒っているんだ!アパートの管理人のマンスラムさんには
良くしてもらってたというのにアパートを消失させてしまって、
合わせる顔がないではないか」
「その者は無事なのでしょう?なら良いではありませんか」
「建物は私達で弁償しなければ。わかっているな」
ラエスリールの目は何処となく血走っていた。
壊れてきている。
すでにいつもの優しい姉ではない。
「…申し訳ありませーん。
私だけで何とかしますので怒りをどうか静めてください…」
恐怖に怯えながらも、乱華は自らの決意を述べた。
ピクッ!
ラエスリールは顔を引きつらせた。
「誰のせいだと思ってるんだーーーーーーーーーっ」
絶叫とともにラエスリールの鉄拳が乱華の顔面を直撃した。
ラエスリールはこのあと一月程、乱華と一言も口を聞かなかった。
乱華がアパート壊してからというものの姉弟の仲は険悪になった。
否、ラエスリールが乱華に対して厳しくなったというべきか。
「姉上、今日は街に洋服を見に行きましょう。
姉上に似合いそうな物を見つけたんですよ」
乱華は極上の笑顔をラエスリールに向けた。
「乱華すまないが、今日はサティンの所に行く約束があるんだ。
明日なら大丈夫なのだが。」
「わ…わかりました姉上。今日は私一人で街に行って参ります。
明日はぜひご一緒に買い物いたしましょう」
少し悲しそうに乱華は言った。
「ああ楽しみにしてるぞ」
ラエスリールと別れて一人で街に出かけた乱華は、街の外れに古びた図書館を見つけた。
そこに、何故か興味を惹かれた。ここに行けば誰かに会える…ふとそんな気がした。
見知らぬ誰かに巡り合えるような予感で乱華は興奮していた。



ガラスで覆われた扉をそっと開けた。
「魔術の本とかあるだろうか」
一人呟きながら、広い館内を見て回る。
誰も人が人がいないようだった。
コツコツコツコツ。
板張りの床に足音が響く。
一番奥の棚の向かい側の壁には絵が飾ってあった。
「黒い鷺が、真紅の豹の首を口にくわえている…悪趣味な」
こんな絵を描く者の気が知れない。
作者名の所に翡蝶あーんど茅菜と大きくある。
どうやら黒い鷺は茅菜が付け足して描いた物らしい。
私とした事がこんな絵を鑑賞するのに、無駄な時間を割いてしまった。
馬鹿らしくなった乱華は、もう一度出入り口の方に戻る事にした。
入った時は気が付かなかったが、入ってすぐの所に受け付けカウンターがあった。
眼鏡を掛けた黒髪の女性が座っていた。
俯いてノートに記録している。
「あの……魔術に関する本はどの辺にあるのでしょうか?」
女性が眼鏡を外して顔を上げた。
「あ、姉上!?」
その女性は右眼が真紅で左眼が琥珀であることを除けば、 ラエスリールにそっくりの顔だちをしていた。
「…?私はこの図書館の司書をしている緋陵姫だ」
緋陵姫の眼差しに一瞬ドキリとする。
「緋陵姫さんですか…申し訳ありません。あなたが姉によく似ていたものだから」
「名前は何というのだ?」
乱華はラエスリールにそっくりな緋陵姫に尋ねられるのは不思議な気分だった。
「ラエスリールというのが姉の名ですが?」 乱華は正直に答えた。
「…お前の名前だ…」
緋陵姫は、苦笑しながらもう一度問いを発した。
不器用で端的な話し方もラエスリールに似ているかもしれないと乱華は思った。
「乱華と申します」
「乱華か…良い名だな」
「嬉しいです。そんな事を言われたのは初めてですが」
「そうか…。ところでどんな本を探していたんだ」
「…えっ黒の魔道書を」
ふいの緋陵姫の問いかけに、乱華は思わず我に返った。
「お前も物好きだな」
緋陵姫は一瞬目を瞠った後、机の下からぶ厚い本を取り出した。
「昔この本を悪用した者がいたので閲覧さえ禁じられていたのだが…。
お前がそういうことはしないと誓えるなら読むことを許可しても良い」
「悪い男から姉を護るための方法が知りたいだけです。
それ以外の事には使わない事をお約束いたします」
「お前は素直だな。こんなに想われているラエスリールという者に
一度会ってみたいものだ。ここでなら自由に読んで良いぞ」
緋陵姫は微笑んだ。乱華に魔道書を手渡す。
「ありがとうございます。それと、奥の書棚の前の絵画は 換えたほうが良いですよ。
あんな絵があったら一度来たお客さんは二度と来ませんから」
乱華は遠慮もなしにきっぱりアドバイスした。
「わ……私の母上殿の描いた物なのだが、気に入らなかったか?」
緋陵姫の瞳は据わっている。
まずい…怒ってしまわれただろうか?
「紅い豹の首の絵は少々気味悪いですが、素晴らしいです。
黒い鷺のせいで最悪な印象を与えます」
乱華は柔らかく訂正しているよう見えるが、遠慮の二文字が見受けられなかった。
「近所の幼稚園児が勝手に落書きしていったんだ。消えないように呪いまでかけて」
不快な事を思い出すような顔で緋陵姫は言った。
「ぜひ緋陵姫殿との母殿の為に私が一肌脱ぎましょう!
今すぐ茅菜とかいう子供を連れて来て絵を消させますから」
力強く乱華は宣言したのだが、
「…無駄だと思うから止めといたほうが良いと思うぞ」
緋陵姫に釘を刺された。
手に負えないクソガキということだろうか。
「残念です…ギャッ!!!」
壁の時計の長針が18時を指している事に気がついた乱華は悲鳴をあげた。
門限は18時だった。
不味い。
姉のラエスリールはともかくセスランがあの笑みを張り付けた 顔で
どんな嫌味を言って来るかと思うとこうしてはいられなかった。
「緋陵姫殿また後日来ますので魔道書はお預けします。それでは!」
乱華は自慢の巻き毛が乱れるのも気に留めず脱兎のごとく駆けていった。
「…一緒に出入口まで行こうと思ったのだが、もういないとは。
また図書館に彼が来た時に会えるから良いか」
緋陵姫は独り呟きながら扉に鍵を掛けた。

数時間後、セスランが住職を務める封魔寺。
真夜中の静寂の中に激しい腹の音 がこだましていた。
ラエスリールは思わず眼を覚ました。
腹音は隣の部屋から聞こえてくる。
ラエスリールはその部屋の扉を叩いた。
手には器を持っている。
「………あ、ね、う、え?」
今にも息絶えそうな乱華が,ラエスリールを呼んだ。
「ああそうだ。乱華、腹が減って眠れないのか?」
「…30分門限に遅れただけで食事抜きなんて厳しすぎるではありませんか。」
ただでさえ質素なものばかりしか食べさせてもらえないのに…」
「ここは寺だからな仕方ないだろう!?おまえが門限を破るのがよくないんだぞ!
まったくしょうがないな。私の残りなので少ないが、食べるか?」
ラエスリールは乱華の布団の側に器を置いた。
「姉上〜〜!ありがとうございます。信じておりましたよ」
食べ物の入った器を目にした途端乱華は元気を取り戻したようだ。
「…お腹が空いている時に食べるとこんなものでも結構いけますね」
乱華は勢いよく、だが優雅に箸を伸ばしている。
「姉上、明日ですよ。買い物の約束…」
「お前の朝の座禅が終わってからな」
さりげないラエスリールの一言だった。
「…わかっておりますよ…」
さすがに気まずいのか乱華は布団を被ってしまった。
「それでは私は部屋に戻る事にする。おやすみ…」
ラエスリールは穏やかな微笑を乱華に向けて、彼の部屋を去っていった。
ある日の午後。封魔寺の縁側では青年が湯飲みを手にお茶を飲んでいた。
その髪は、新しい銅貨と同じ色。額にはヘアバンドのような物をしている。
彼はズルズルズルと緑茶を啜っていた。
「雨が降らなくて良かったですね〜ラエスリールと乱華君は楽しんでいるでしょうね。」
ニコニコニコ。その微笑みは途切れる事がない。
彼―セスラン―はこの寺のれっきとした住職である。ただし風変わりな住職だ。
僧らしからぬ長い髪は肩の下までの長さ。
初めて封魔寺を訪れて、その髪を見た乱華は怪訝そうな顔でこう尋ねた。
「あなた本当に僧侶ですか?」
乱華はかなり疑わしそうだった。
「そうおっしゃる乱華君こそ何故そんなに長い髪なんですか?」
「わ…私の勝手でしょう!!!」
逆に聞き返された乱華は頭に血が上ったようだった。
「それを言うならこの髪も私の自由でしょう」
「!」
セスランはひらりとかわし、それきり乱華は沈黙した。
去り際にかなり睨みつけたが。

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