エピローグ
砂樹のいた家の出口でラエスリールと闇主はアマリアと向き合っていた。朝日が昇りかけていて、眩い光が木々の合間から差し込んでいる。
「あっちの方向へ真っ直ぐ行けば、町が見えてくると思います。道らしい道はないですけれど」
すっとアマリアは一点を指した。
「そうか…ありがとう。……………やっぱり、戻るのか?」
「戻るわ。私は家族だから。私にしかできないことがあるのよ」
アマリアには事の経緯を話した。
村で何が起こっていたのか。彼女の身に何が起こったのか。
彼女の家族が何をして来たのか。
それを話したら、彼女はそれでも「家に帰る」と言った。
「…それに、帰らないと終わらせることも、始めることもできないでしょう?」
晴れやかな笑みを浮かべ、彼女は家に向かって帰って行った。
「あれで良かったのかな…」
「あー。アマリア? 大丈夫じゃない?」
ざくざくと湿った土の上を歩きながらラエスリールが呟いた言葉に闇主が返した。
「でも、あの家族は…」
彼女1人の為に、何人もの人間を犠牲にした。
そんな家族と一緒に彼女は過ごしていけるのか。
それが顔に出てしまったのだろう。
闇主がクスッと笑い、それにラエスリールはムッとする。
「何がおかしい? アマリアはあんなことをした家族の所に帰ったのに」
「確かに帰ったけどね。でも、あの娘はそれ以外は何にも言わなかったでしょ?」
「え?」
ラエスリールの歩みが止まった。
闇主は笑みを浮かべながら続ける。
「『帰る』とは言ったけど、『許す』とも『怒る』とも言ってない。あの娘があの家族をどうするかはまだ分からないってこと」
「じゃあ……」
「一緒に罪を背負おうとするかもしれない。憎んで彼らを追放してしまうかもれない。見棄ててあの村を出て行くかもしれない。選択肢は幾つもあるさ」
「……望んで得た選択肢じゃないのに?」
「それでも選んだのなら、あの娘は後悔しないでしょ」
あの気高い娘の妹ならそれぐらいで後悔はしないだろう。
ラエスリールはしばらく闇主を見ていた。そしておもむろに荷物を入れてある袋の口を開けると、一通の手紙を取り出した。オルズから浮城に向けての手紙だ。あの様なことをしていた彼が本当に浮城に助けを求めるつもりだったのかは分からない。でも、もうこれを届ける必要はない。ラエスリールはびりびりとそれを破いた。破くくらいのことはしてもいいだろう。
手紙だったものは風に吹かれ、飛んでいく。彼女は空を仰いだ。木と木の間に見上げる空は小さいけれど、明け方の白んだ空が広がっているのが分かった。今日の天気は良さそうだ。空気はひんやりとしていて、吹く風も穏やか。
「……………晴れそうだな」
「そうだね」
「次の町では騒動を起こすなよ?」
「大丈夫。ラスが変な気を起こさなければ、闇主さん、何もしないから」
その言葉のどこに信頼を置けというのか。
既に変な気を起こさなくても起こった騒動は数知れず、の前科者である闇主の言葉をそう易々と信じるほど2人の距離はまだ縮まっていない。
もっとも、例え絆が深まろうと彼の言葉を全て信じきれるかどうかは誰にも分からないが。
やれやれ、とラエスリールはまた歩き出した。
「ねー、やっぱりさっさと転移しようよ」
「うるさい。ごたごた言ってると置いてくぞ」
「あー。またそんな冷たいこと言って! そんな事ばっか言ってると、本当に闇主さんも傷付くからねー」
「偶には傷付いてろ」
「うわ。ひっどーい、ラス! でも、めげない! どんなコト言われたってラスのこと愛してるからね、俺は」
「…やかましい」
「いったー。殴ることないじゃない、ラス。そんなに直接的な方法を取らなくたって、俺にはラスのことは何でもお見通し……って、聞いてるの? ラス、ラスー?」
「……」
久しぶりに太陽の光が訪れた村を一度も振り返ることなく、ラエスリールと闇主は山道を進んで行った。
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