お絵かきチャットお題  「梅雨とウエディング」
上月様 作
 
 ずいぶん雲が分厚いな、と思った時には、すでに地面に小さな水玉模様が出来始めていた。
 その模様は瞬く間に点と点の間を埋め、模様自体も大きくなり、あっという間に地面を埋め尽くした。
 弱ったな、とラエスリールはぬれた髪をかきあげながら周囲を見渡す。
 あたりには人影も家も何もない丘だ。雨宿りできそうなところ、というと、まばらに生えた背の低い木の影ぐらいしかない。
 頬を打つ雨に顔をしかめながら空を仰いでみるが、重く立ち込めた雨雲はしばらく動きそうにない。
 困った、とラエスリールを一人ごちた。
 ラエスリール自身は、別に雨に濡れたところでかまわないのだ。とりあえず、適当に--その低い木陰でうずくまって雨をやり過ごしてから、体を拭いて服を乾かしてしまえばいい。
 だが。
(あいつがなあ…)
 脳裏を掠めた深紅の影に、思わず眉間を指で押さえた。
 うるさいのだ。あの男が。
(またぐちぐちと文句と嫌味を…)
 過去に何度も繰り返された会話を思い出してしまい、眉間に寄る皺はさらに深くなる。
(「どうしてお前はこの時期に傘を持っていかないんだ、浮城が極端に雨が少ないからって雨期を知らないわけじゃないだろう。大体、春夏秋冬、雨にぬれた後に体調崩すのは誰だ?「馬鹿だろ、お前」
「!!」
 記憶の声に現実の声がちょうど重なり、思わず背筋がびくりとした瞬間を見計らったかのように、背後に圧倒的な存在を感じた。
 振り返らなくても、判っている。
 紅蓮の炎を体現したかのような、恐ろしさと美しさを兼ね備えた存在。
「…闇主」
「闇主、じゃない」
 ぐしゃり、とラエスリールの濡れた髪を、顔をしかめて無造作にかき回す。
「こんなに濡れてどうするつもりだ?乾かすのだって一瞬じゃないだろう。その間に冷えて風邪をひくのがいつものことじゃないか。全く、おまえって奴は学習能力ってのがないのな」
 不満たらたらに流される言葉に、ラエスリールは思わず視線を地面に向けた。
 地面に出来た水溜りに飛び込む雨水がさまざまな模様を作り出している。
 しかし、それは一粒の雨だれが次々に波紋を作っては消え、作っては消えているからだ。
(儚いな…)
 ぽたり、と髪をつたう雫が足元の水溜りに落ちて、新たな波紋を作る。しかし、それは一瞬で消えて水溜りへと溶け込んでしまった。
 存在したことすら、その一瞬で消えてしまう。
 遠い遠い空から、この地上へと降りたその意味すらないのだと言わんばかりの、あっけない最期。
 その物悲しさに、思わず目を伏せた。
 と、そこへ、ぱさり、と何かが頭を覆い、視界をさえぎった。
(!?)
 布だ。やわらかい布が頭からかけられたのだ。
「闇主!?」
 顔をあげて振り返ろうとすると、その布の上から頭を押さえられた。
「被ってろ。…馬鹿」
 ぶっきらぼうに告げられ、つぶやかれた言葉は何故か棘がなかった。
 代わりに優しさも労わりもない。
(−−戸惑い?)
 闇主が?
 この傲岸不遜な妖主が。
 我に返ると、闇主が姿をあらわしてから、雨を…感じない?
 布の下から周りを見ると、雨は変わらず降り続いているのに、体を新たにぬらす雨水がない。
(結界、か)
 雨を避けるための結界を張ることなど、柘榴の妖主にとってはなんでもないことなのだろうが−−何も言わず、こうやって守られることの何と多いことか。
 結界を張り、濡れた体を労わって、布をかけてくれる---
 そもそも、人間社会では闇主の存在は異質で目立つから姿を消していたというのに、この雨の中現れてくれた。
(それは---)
 口の悪さに隠れた闇主の心情を思い遣るのは、傲慢だろうか?
 ああ、でも。
 いつもいつも、護られていたのだ、自分は。
 ラエスリールは空を仰いだ。
 降り注ぐ雨。小さな小さな雫たち。 
(ああ、そうだ)
 たった一粒でも、それでも雨は大地をぬらし、川となり、大海へと続く。
 それはすべての生命の源となり、糧となり--いつかは、再び天へと還る。
 その営みは、ラエスリールはおろか、闇主が存在するはるか前からのもの。
(儚いものか)
 その悠久の流れ。存在の在り方。 
 なぜ、それを一瞬たりとも忘れたのだろう。
 当たり前すぎて、失念したのだ。
 それは、なんと愚かなことだろう。
 大事なことを、忘れてしまった。
 当たり前すぎて、その大切さを見失っていた。

 ラエスリールは背後を振り返った。
 かけてもらった布を、きちんと手で押さえて、目の前の護り手を見上げて視線を合わせる。
「ありがとう、闇主」
 精一杯の感謝を、眼差しにのせて伝える。
 いつも、護ってもらってばかりの自分に出来る唯一のこと。
 だが、忘れてはならないことだった。
「おまえってやつは……」
 深紅の男は、やれやれというふうに息をつき、髪をくしゃりとかきあげた。
「無自覚なのが恐ろしいな」
 呟きに微苦笑をにじませ、男は肩をすくめる。
「闇主?」
「かなわないってことだ」
 意味がわからず、首を傾げたとき、ふと視界が明るくなった。
「あ、雨が…」
 ぽつりぽつり、と雨の勢いが弱くなり、分厚い雲が切れ始めた。
 天から差し込む白光のような陽が雲を割り広げていく。
 そうだ、雨の後には晴れが続くのだ。
「行くか」
 男は一言告げると歩き出した。
 ラエスリールは頷く。
 行き先の無い旅。
 終わりのない旅。
 だが、それは、どこまでも行ける、ということで。

 二人の進む先は光の差す方角だった。

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お絵かきチャット中に書いてくださったSSです(><)ノひさびさにこーちゃんの
新作が読めてもう感無量です!!
ぬれた髪をかきあげるラス様とか、やわらかい布をふわっとかけられるところでは
まるで、ウエディングヴェールをかけるようとか妄想しちゃいました!
ラス様と闇主さんのかけあいもとってもよいですしv
ラストの雨があがって、光が射し込むところはまさに、ヴァージンロードを
二人で歩くって感じで、とっても素敵でした(><) 
こーちゃん、本当に素敵なお題SS有難うございましたm(__)m


後記担当 ちな