呼名 
目の前に、魔性が迫っていた。
そいつは…早い話が“黒ずくめ”で、世の中のつまらなさに倦んで眠って…起きたら…主がいなかったと、おまえが殺したんだろうと、怒りに満ちて現れた。
それこそ、周囲の森を吹き飛ばすような勢いで。

「許さない…許さないわっ!! 我が君を弑した、ですって…!? わたくしの…わたくしの、一の君を…!!」

苛烈ににらみつけてくるその瞳は、緑黒の色。その髪は、深い深い…しなやかな、暗翠。

「あなたなんて、死んでしまえばいいのよっ!」

まっすぐにラエスリールへと向けられた指先から、緑の閃光が放たれた。

「…っく…!」

紅蓮姫の刀身ではじき返した光は、それでも幾筋かが裂けてラエスリールの体に達した。左肩、左の脇、右腰。貫かれた箇所は、一拍を置いて軋みをあげ…鮮血を、噴き出す。

「次は外さないわ…たとえ金の君の娘だろうと、わたくしは許さない…、絶対に、許さないのよっ!」

ラエスリールは、針で突かれたように痛む体を気遣う余裕もなく、片膝をつく。左肩は、どうやら腱が切れたようだ。動かない。邪魔にならないように固定したいが、目の前の相手はそれすらも許してくれないだろう。

「…ならば…ずっと、翡翠のそばにいればよかっただろう…!」

なんだか腹が立ってきた。
思えば、主を奪われた恨みでラエスリールを襲ってきた魔性は、数え切れない。そしてそのすべてが、その時主のそばを離れていたのだ。

「なくして困るものならば、ずっとその手に囲って…そうして、大切に大切に守っていればよかっただろう!? 私だって、好きで殺しているわけではない!」
「我が君を囲う、ですって!? おまえ、おまえ…! なんて、馬鹿なのっ!??」

女は、怒りに耐えかねるように身を震わせた。
そうして、優美な腕をゆっくりとラエスリールに向けて、大きく息を吸い込んで。

「我が君は、唯一大切な方よ…! 侮辱だわ…軽んじるなど、許さない…疾く、消えておしまいなさい…っ!!」

先ほどとは比にならぬほどの、光球。それが、緑黒の女の前に浮く。
これは、避けられない…!
瞬時に思って、口を開く。
呼ばねば…呼ばなければ。

「…あ…あん…ん…」

しかし、素直に言葉が出てこない。
翡翠は、自分が殺したのだ。
そうせざるを得なかったとは言え…しかし、それはラエスリールがしたこと。今この女に攻撃されているのは、言うなればラエスリールの責任なのに。
それなのに、呼んでしまっていいのだろうか。
呼べ、と言われて…なぜ呼ばない、と怒られて。
それでも、自業自得のこの事態に、闇主を呼ぶことは…とても、はばかられるものがあって。

「…」

口ごもる隙に、光球はますます成長し…大きく、育つ。
瞬間、闇主の顔が脳裏に浮かび…そして、強い口調で、呼べ、と叫んだ。

「あん…あっ、あん…しゅっ!」
「なにを、あえいでるんだ」

ぽかりと目を開けると、とんでもなく的外れな言葉を降らせ、深紅の魔性が覗き込んでいた。
ラエスリールは仰向けに寝転がっていて、周囲には森、大きな月が地上を照らしている。

「…ゆ、め…?」

「だな」

言った魔性は、そのままの位置で…ラエスリールに触れんばかりの距離で、言葉をつむぐ。

「で、なにをあえいでいた?」
「…あ、あえいで…!?」

言葉の意味を図りかねて、ラエスリールは言葉を詰まらせる。

「あんあん言ってたぞ。どうせやるなら、もう少し色っぽい声を出せ」
「あ、えいでなど…っいないっ!!」

後先考えずに体を起こした瞬間、自明の理というやつで額を闇主のそれにゴツンとぶつけてしまう。

「…っいて!」
「ツッ!」
「…おまえなぁ…! 痛いだろうが!」

はじき返されて後頭部を地面に打つところだったラエスリールだが、闇主の手がそれを阻んでいた。
ぐいと抱き起こされて、ラエスリールは…はた、と、闇主を見る。その…唇を。切れて血を流す、唇。
自分の唇に手をやれば、少なくはない血がついてきた。
ということは…。

「…っ!!!」

口づけて、しまったのか…!?
かぁっと、頬に血を上らせて…そして、ラエスリールは叫んだ。

「あっち、行けっ…!」

根性がまっすぐとは言えない魔性が、素直に応じるはずはなかったけれど。それでもラエスリールは、離れていろと叫び続けた…。
深紅の魔性が、聞き分けのない子どものような少女を、どうにかその腕に閉じ込めてしまうまで…。

バトル! かと思いきや、らぶらぶ…という;
なんだかんだ言いつつラスは闇主さんのこと好きなんだよなぁ…とか思いながら書きました。
ちなさま、わがままを聞いてくださってありがとうございます〜(>_<)
ということでゆらん様から頂いた、切なさありらぶらぶ小説です☆冒頭での妖貴(?)とのシーンでは なんだか切なくなりました。そして夢から覚めたら途端の闇主さんの台詞にどきどきvそして ごっつんこvvもう、素晴らしいです(><)/☆ ゆらんさんよいものを有り難うございましたvページデザイン、素材全てゆらんさん作です☆本当に有り難うございました(ふかぶか)
後書担当 ちな

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