黎明


魔性は退屈を何よりも嫌うという。

だから、私の側にいるのだろうと、そう思っていた。

何しろ彼は事あるごとに私に言うのだ、

『お前は本当に面白い奴だ』

『お前と居ると退屈しない』

まるで他人に渡すのが勿体無い玩具だとでも言うかのように。

ずっとずっと、モノ扱いされてきたから、近頃では慣れてきて言い返す気力すらなかった。

飽きるまで側に居ればいい、と。

実際居なくなれば寂しがる自分も予測できるくせにそんなことを思ったり。










くっくっと近くから笑う声がした。

「おまえ、水零しながら何真剣な顔で考え事してるんだ?」

斜めに傾けた水差しから、コップに注いだ水がだぼだぼと溢れ続けている。

「うわっ、闇主! 知ってたら教えてくれたっていいじゃないかっ!」

器に収まり切らなかった水は既にテーブル一帯を浸食し尽くし足元まで濡らしていた。

「だって・・ぼけーっとしてるラスがあんまり可愛くって」

息つく間もなく水差しが闇主を直撃―――するはずが惜しくも逸れてしまった。

「おぉ危ない・・・乱暴だなラスは〜。闇主さんドキドキしちゃっ・・」

「闇主!!」

彼女の剣幕に彼も仕方なく肩をすくめて口調を改める。

「・・・何だ。」

突き刺すような怒りの視線は、何故だか急に潜められて、話し方までが弱くなった。

「・・・・・・・・・・・私と居て、そんなに面白いのか」

暗く重く沈んだ声。

何だこの馬鹿また大真面目な顔をして・・・・何を悩んでいたというのか。

「面白い―――か。ああ、その通り、前からそうだな。何しろこーんな小さい時から、瞳の輝きだけは別格で」

濡れた床を厭うかのようと宙に浮くと、するりと移動してラエスリールの脇に留まり、その琥珀の右目を覗き込んだ。

「ちょ、ちょっと、近い・・」

「そのうえ俺の眼を入れて尚、平気なばかりか、更に力を備えるようになって―――」

言外に離れてくれと訴える彼女の台詞を完全に無視し、続けざまに深紅の瞳を覗く。

「この俺に向かって泣くし喚くし怒るし―――あともうちょっと笑顔を見せてくれたら言うこと無いんだけどなー?」

ラエスリールには彼の言葉の誉めているのか貶しているのか不明な後半部分を聞き取る余裕は既に無かった。

「いっ、いいっ、もう、いいっ!」

何が良いのか悪いのか自分でもおそらく解っていないだろうに、そんなことを言いつつ、

彼女はぐいぐいと、迫る闇主を遠ざけようと試みる。

「お前はどうなんだ? 俺と居て・・・・・面白いか?」

必死の抗い何ら怯む様子も無く却って楽しげに振舞いながら、闇主は彼女の身体に手を滑らせるとふわりと抱き上げた。

「それとも」

落ちそうになるのもお構いなしに、抱えられたラエスリールは腕を出してじたばたともがく。

「こんなの面白くなんかないっ!降ろせ闇主!」

「それとも、怖いか?」

そう耳元で囁かれた声に、振り上げた手が下ろせなくなった。









何秒かの沈黙の後、

「こ、怖くなんかないぞ・・・っ」

と、何ともささやかな否定がラエスリールの口から発せられたが、彼でなくても信じるものは居なかっただろう。

「ふーん?」

「あ、当たり前だろうっ、妖主だか何だか知らんが、今更お前なんか全然怖く―――」

「へえぇ??」

俺に嘘をつくとロクなことにならないと、その顔に書いてあるようで、彼女は無意識に目を逸らす。

怖くなどない。ない、はずだ。

自分に言い聞かせるかのように何度も頭の中で繰り返しながら、

その横顔が怒りでなく真っ赤に染まっているのに気付いたのは彼ひとり。

「ラスの気持ちはよく解った」

「解るもんか」

「解る」

「解らない」

「解るって」

「解らない!!」

ぷい、と横を向いたままだったラエスリールが堪らず彼のほうを向いて怒鳴りに近い声を上げた。

そして予想以上の接近距離に、思わず身を引く。

「ほーら、やっぱり」

満足そうな表情をされて悔しいのは何故だろう。

なのに何も言い返せないのは何故だろう。

「ラス」

「こ、怖くなんか・・・」

「俺の目を見て言えるか?」

言えないのを解ってて言っている。

卑怯だ、とラエスリールは思った。

まあ、この男が卑怯なのは何も今に始まった事ではないけれど。

「・・・・・・・・あぁそうだ、お前の言うとおりかも知れないな!」

こうやっていつでも私を追い詰めて、本音を吐かせて、楽しんで。

「側に居るのも離れるのも怖いし嫌なんだ。それにこんな近くに居られたりしたら――――」

なんだか馬鹿馬鹿しさに涙すら浮かんでこようかという心境は、しかし、次の思いがけない一言で砕かれた。

「俺も・・・俺も同じなんだがな。ラス」

抵抗する事を忘れた彼女を改めて抱きしめる。

「ただ単に面白いだけだと思うか?」

その手に力が込められる。

「お前を喪うのが、怖いんだよ、俺は」

くぐもった一語一句が予期せぬ驚きとなってラエスリールの耳に届いた。

「こうしていても」

その言葉を聞いて、何故だか彼女はさっきまでの『怖さ』が消えていることに気づく。

彼の顔を見つめ、ただ純粋に衝撃を受けていた。

何と言えば良いのか解らず、されど、何か言うべきことがあるような。

気がつくと、自然と口をついて出ていた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう」




ふ、と笑う気配がした。

ひとが感謝を述べたのに笑うとは何事だ、という顔をしたら、

「ラス、こういうときは言葉よりな・・・・・・・・」

闇主が微苦笑を浮かべながら言った。

「黙って目を閉じとくもんだ」















*終*





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長い後記。


あの、敢えて書いてないですけど、アレですよ!このあとしっかりKISSシーンですよ!?<書けよ!(笑

いや〜、こっちのが余韻というか妄想スイッチ入るかな〜なんて・・・

それにほらほら、途中からずっとお姫様抱っこのままだし・・らぶらぶ・・(言い訳



うきゃー。それにしても恥ずかしいです。オトメ街道まっしぐら!<久々の(- -;

流石埃被った放り投げ品を改造しただけのことは・・あるような無いような。

結局大幅改訂で原形はあんまり留めてないかも。。。

闇主さんシアワセね〜。ラスもシアワセ。多分。

時間軸は特に設定してませんのでお好きにどうぞ。



っていうか!

あれれ・・・「頼むから云々」になってなくてスイマセン!!;;;

なんかちょっと路線外しかけてますが闇主が目を閉じさせるってことで!で!(逃!



鈴でした。



鈴さーん有難うございましたーvv大 好 き です(抱きつき)!切なげラスさま、衝突、仲直り
お姫様抱っこ、そ・し・てvもうもうもうご馳走さまでした〜m(__)m私も幸せいっぱい
妄想いっぱい(笑)ですv
読ませて頂いて、物事の始まり・夜明け〜みたいなところから、物事が盛んに始まろうとする時という
意味合いの「黎明」にしました。そして、幸せな未来にということで、背景は、虹にしてみました。

ではでは、鈴さん本当に素晴らしい作品を有難うございましたm(__)m

後記担当 ちな


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