疵のような、痣のような、その赤い痕について闇主は何も言わない―――何ひとつ。

一時的に現われるものだが、それでも、やはりラエスリールには気になるときがある。

夜の帳が辺りを完全に暗く染めきるまで、部屋の明かりが落ちるまで、彼の前に肌を曝すのは躊躇われ

また、どんな時でも朝が来る前に必ず着替えを済ませていた。



そうして、いつも、自分のことばかり考えていたから、彼女は知らなかった。










疵痕









いつになく冷え込んだ夜、空には鈍色の雲が垂れ込め、月明かりは見えなかった。

乾ききった真冬の風が時折きつく吹いて枯れた木の葉を舞い散らせる。

そんな戸外とは対照的に、この小さな部屋の湿度は

雫が肌を伝い滴り落ちる度ごとに上昇しているようだった。

既にどちらの物とも判別がつかないそれが混ざって僅かにじっとりと身体を湿らせても

何故だか不思議と不快ではなかった。

火照ったまま触れていたいと―――そのほうが近くに感じる気がして。

窓硝子がうっすら白く煙るほど吐き出した息もようやく乱れが収まろうとする頃

夜具が覆いきれない肩先に夜の冷気がひんやりと降りた。

寒くないかと、尋ねる声は身を通じて直に伝わり

その心地よさに目を閉じて聞き入りながらラエスリールは小さく「平気だ」と答えた。

このままにしていたら風邪を引くかも知れないから、一度湯を使って身体を拭いて来いと、尚も心配して言う闇主に対し

温もりを手放すのは嫌だと言わんばかりに無言でしがみ付いた彼女へ愛おしさを感じない筈はなく

彼は思わず抱きしめてしまいそうになったが、どうにか自制して説き伏せ。

「心配しなくても冷えそうになったらまたここで暖めればいいだろう」

暗闇でも判るほど顔を赤くして「馬鹿」と怒鳴るその反応を見たいが為に余計な一言を付け加えるのも忘れなかった。










湯から上がったラエスリールは、立ちこめた湯気で水滴のついた鏡の表面をそっと指で払った。

浴室のすぐ隣に掛けられている古びた鏡は凝った意匠の枠飾りだけが目立ち

肝心の硝子の透明度は失われて、明かり窓から微かに洩れる弱い光が彼女の肢体を辛うじて映し出す。

いつもは決して目を向けたりしない、それどころか逸らしてばかりいるのだが

このときは何故か、ぼんやりと浮かび上がる肩や背中から腰に至るまで無数の痣と

それを覆うに散らばる別の紅い斑点――が、暫くラエスリールをその場に釘付けにした。

情けないような、恥ずかしいような、汚らわしいような、可哀相なような、でも少し愛しいような・・・

そして最後にやっぱりこんな姿はあまり見られたくないなと、思った。






厚手の布を羽織って暗い部屋に戻り、背を向けて横になっている闇主に

お前も湯を使ってきてはどうかとラエスリールは声をかけた。

彼が起きているのか、また聞こえているのか判らなかったが、返事は無かった。

もう一度、近づいて呼びかける。



「闇主?」



その時・・・風の気まぐれか、はたまた、月の悪戯か。

空一面に拡がっていたはずの雲が徐々に切れていき

僅かに開けてあったカーテンの隙間から白い月影が差し込む。

新月をいくらも過ぎていない儚く見えるその様に似つかわしくない鋭い光彩が一瞬、寝台上の闇主を照らした。




その背中に、ラエスリールは見た。




微かに、けれど確かに残る、数本の筋のような―――痕。

消そうと思えば跡形も無く消せるはずの、ささやかな、それは。





「お前がつけた疵だ」

ゆっくりと寝返りを打ち、此方を向いて、彼はラエスリールを抱き寄せた。

「わ、私がいつ・・・」

茫然とその場に立ち尽くしていた彼女は突然の行為に驚きつつ赤面して慌てふためいた。

「いつ?」

些か嘲りを含んだような声で逆に問い返し、闇主は彼女の背に指を這わせて軽く爪を立てる。

その感覚にびくりと身を震わせ、何て馬鹿なことを訊ねたんだろうと、今更ながらにラエスリールは後悔した。








「悪くないだろう? 疵痕も」

その何処となく楽しげな口調から、彼に全く痕を消す気のないことが窺い知れる。

そしてこれでも自分を気遣ったつもりでいるということも・・・彼女には判って苦笑する。

だから、明日はいつもより少し遅くまで――――陽が柔らかい光を室内に運んでくるまで、

朝寝をしてもいいかな、と。

背中の傷をなぞりながら、ラエスリールは思った。














**終**



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めくるめく編のつもりで取り組んだハズの第2弾・・・
ラスさま疵は一度は書いてみたい萌え萌えv<出典は勿論鬱金2
でも今回は闇主さんが。(も?)ってことでいいネタ拾ったと思ったんですが書いた人が私ではこの程度・・(困;
それはそうと恥ずかしい度はこっちのが低いのは何故でしょう;

オモテで行けますかしら?びみょう?ちなさんにご判断委ねマスm(_)m







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鈴さんから頂いた小説ですvおおおおーーーーーーーー!!!と頂いたとき思わず
画面の前で叫んでしまいましたっ!ラスさま痣ーvそして背中の傷跡ーvv
もうもう、画面の前で転がりましたよっ!!
ああvもうイイ!!最高!!という言葉しか出てきません。大好きです!!
失礼しました。
ラス様、明日は朝寝ですねvvふふふ妄想が膨らみますvめくるめく編
密やかに期待してますね(にこ)v

普通に大丈夫だと思ったのですけど一応こういうのです〜というのは書いておきました。
ではでは、鈴さん本当に素晴らしい萌え作品を有難うございましたm(__)m


後記担当 ちな


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