魔笛の森
〜オマケ〜


先ほどまでの大騒ぎはどこへ行ったのやら、東の空がほんのり赤く染まる頃には、果実園の別荘も静寂に包まれていた。
周りには果実酒の空き瓶が転がっており、酔い潰れた面々が所々で雑魚寝している。
眠りを必要とする完全な人間は、サティンとリーヴェシェランの二人しかいない筈だったが、半人半妖のセスランとラエスリールはもちろん、魔性である邪羅、鎖縛、彩糸までもが眠り込んでいた。
それというのも、不毛な毒舌合戦が始まったと思いきや、やはりと言うかこの面子揃いで協調性は皆無に等しく、どこまでも反れて行く会話の内容と、ラエスリールと鎖縛の自分に関する愚痴の意気投合ぶりに臍を曲げた深紅の青年が、たまたま席を外していた衣於留を除くその場全員に眠りの術を掛けたからであり。

しかし、普段はおっとりと周りをなだめすかす彩糸の酒癖の悪さには驚かされた。
元となった人間の魂の酒癖が悪いのか、人形という器の所為なのかは分からないが、彼女の余りの酒乱ぶりに、紫紺の妖主である藍絲の過去秘話を暴露させられた位である。
更に妹であるリーヴェシェランはというと、いつもの威勢の良さはどこへ行ったのやら、酔いが回るごとに激しく据わった目を向け、ドスの聞いた声で、妖主の自分にラエスリールと邪羅の扱いについて、ぐだぐだと説教を始めたのだ。

「全く、この姉妹に酒なんか飲ますもんじゃねえな......」

こいつらは大人しく茶でも飲んでりゃいいんだ、ぶつぶつぼやきながら深紅の青年はどさりと、安眠をむさぼるラエスリールの隣に腰を下ろした。 彼女もまた同意してくれる連中に便乗して、愚痴の嵐だったのだが、眠ってしまえば静かなものである。

「遠くからでも華やかに見える朱金だというのに、近くでお目にかかると見事なものですわね」

「そりゃ、どうも」と、得意気に頷きながら目の前に最後の果実酒の瓶を手に持った、漆黒の美女を視界に認める。
衣於留もまた闇主の向かいに腰を下ろし、果実酒の入ったグラスを差し出した。

「お前もセスランの野郎に目をつけるなんざ、かなりの酔狂ぶりだな」

「柘榴の君ほどではございませんよ......ふふふ、鎖縛をサティンの傍に付けるなんて、考えたものですわ。 あの根暗な弱虫ぶりが、だいぶ改善されて来たみたいだもの」

「勘違いするのは勝手だが......ありゃあ偶然の産物ってやつだぞ。 俺がわざわざそんな親切な配慮をするとでも? 確かにあんな繊細なやつ、人間のほうがよっぽど図太いんだって思い知らせてやらん事には、魔性なんかやってられんだろうがな」

「お戯れを......それではなぜ鎖縛を復活させるような真似をしたのです?」

「そんなの正真正銘、手っ取り早くこき使えるのが近くにいたからに決まってんじゃねえか」

まあ俺のいない間にラスに手を出そうとした意趣返しも兼ねてだがな、とは口には出さなかったが衣於留にはしっかり伝わってしまったらしい。 こういった事を、ふふんと鼻をならしながらいかにも楽しそうに言う辺り、この青年の性格の悪さは筋金入りである。
衣於留は少しどころではなく面食らった面持ちで深紅の青年を見つめる。

「ずいぶんと口が悪くなったみたいですわね」

「そう言うな。 いーじゃないか、あいつらはあいつらで上手くやってるんだから」

「............感謝、しているみたいですわよ。 ひねくれ者だから口には出さないけど......真っすぐに名前を呼ばれるのが、心地いいみたいね......」

「あいつがそう思っているんなら、それでいいんじゃないか? しっかしお前の世話焼きぶりも変わらんな」

言いながら、横になって眠っている娘の黒髪を指に絡みとる。
やりたい放題、言いたい放題のはた迷惑な主だが、そんな深紅の青年がラエスリールを見つめる瞳に宿る色は本物で。
そんな闇主を珍しいものを見るかの様に目を細めて見つめながら、衣於留は果実酒を一気に喉に流し込んだ。

「運命とは......数奇なものですわね。 わたしだって参叉の仕えていた主人に文句の一つや二つ、言いたかったのだけれど。 今の柘榴の君を見ていたら、空振りもいい所ですわ」

台詞とは裏腹に、漆黒の美女は肩を竦めながら魅力的な笑みをたたえて立ち上がった。

「何とでもいえ」

「ここでの会話の事は......鎖縛には......言わないでおきますわね」

ふっと目元を和らげ、深紅の青年はラエスリールに視線を落としたまま、肩を竦めてみせた。
静寂の中、聞こえて来るのは数名の安らかな寝息と、日の出前にいち早く朝を知らせる小鳥のさえずりだけであった――。


終わり

***


ははは......鎖縛君が頑張って前向きになって考えた闇主の配慮は思いっきり勘違いだったみたいです。
大体あの無精者の闇主がそこまで考えて鎖縛を復活させるなんてこと、するでしょうか? 
......しませんよね、やっぱり(笑) 


ということでラバ様から頂きましたオマケ編です(><)
鎖縛君の前向きな考え方は、実は、勘違いでしたのですね(笑)まあ、終わりよければ〜ということでこのまま、知らない方が幸せですよね。きっと(微笑)酒宴の様子は本当に目に浮かびましたよ(><)
そして、なんと言っても、闇主さんが、眠ってるラス様の傍に座って髪を梳いたりしている様子は本当に良かったです!ラバさん、本当に楽しくて微笑ましい後日談を有難うございましたm(__)m

後記担当 ちな

ラバ様のサイトはこちら→「Raba is Mule
背景素材提供「Studio Blue Moon」様