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「何だこのざまは」

開口一番、有り得ない光景を目に、深紅の青年は秀麗な顔を思い切りしかめてみせた。

――この男に対する感情など、憎悪と恐怖しかなかった――

『お買い物』から帰って来るなり、果実園にある美しい別荘で「再会祝いをぱぁーっとやるわよ!」と依頼主からぶんどった果実酒を開けてくれたのは、いわずと知れた砂色の髪の捕縛師であった。
何故かそこには波打つ金髪と若草色の瞳を持つ、美少女のリーヴシェランと、彼女の護り手の彩糸までいる。
どうやら『こんな美味しい状況を逃したって知ったら、後でリーヴシェランに殺されるわよ』というサティンの至極最もな言い分に、恐れを抱いた邪羅が、彩糸もろともこっそり浮城から連れ出したらしいのだ。

「あらぁ〜闇主、私だって知ってたら、この二人にお酒を盛ったりしなかったわよぉ?」

サティンは結構ぐいぐい飲んでいたが、あまり顔には表れていない。
だが言葉の端々に、酒の影響が垣間見れた。
ラエスリールはというと、もう既にほろ酔いながら、部屋の隅でぶちぶちと愚痴を漏らしていた。
そしてその愚痴の相手となっているのが、酒を飲んで更に暗く卑屈になった鎖縛であった。
せっかく皆で楽しい気分になろうと勧めた酒だったが、部屋の隅でこの二人だけは、どこまでも暗く、どんどん愚痴の底に堕ちていってしまうのだ。
れっきとした妖貴である鎖縛は酔ってはいない筈だが、酒の所為でどうやら本来の性格が全面に出て来てしまっているようである。

「お前はっ、いつもいつもっ! 私に何の説明も無しに巻き込んでくれるんだっ!! 大体、今回の事だってっ、全部私の所為のような言い分じゃないかっ!!」

「あー、もう!! こらっ、もう飲むなったら」

――だが自分をまるで動物のように鎖に繋いで嬲り弄んだ、千禍という名の残虐な妖主はもうどこにもおらず――

「お前の所為だぞ! 私は怪我して気を失って、気が付いたらターニスさんの所にいたんだ!! ターニスさんの願いを聞いてくれって、頼んだのは私だからっ、自業自得だとは思うけどもっ! お前があそこに私を連れて行かなかったら、サティン達に迷惑をかけなくても済んだんだっ!! ほら、やっぱりお前の所為じゃないかっ!!」

――今自分の目の前にあるのは、どこまでも昏い闇を従え、微かな朱金をも一層と輝かせる主であり――

「...この無自覚病はいつ治るのかしら?」

「あのな、俺がこんな事を引っ掛けるのは、お前といる時だけだぞ。 退屈しのぎにこっちから首を突っ込む事はあっても、向こうからわざわざやって来るのは、お前の習性だ」

――命数も力も格段に劣る存在にどこまでも囚われ、命数の減った魔性の王は他者を輝かせる事で、自らもより一層輝き――

「それでもっ、浮城の人間が、サティン達だって先に教えてくれてたら、私だってあんなにえんえんと悩む事も無かったじゃないかっ!」

「そんな事したら、せっかくの感動の再会に水を差す事になるだろうが」

――この別の名前を戴いた柘榴の妖主は、もうとっくに変化を受け入れたのだ。 だから言ってやった――

「だから姫さんよ、こんなろくでもない男の事なんか忘れろって、あの時あれだけ俺が誘ったのに」

「ほぉう、鎖縛。 覚悟はいいようだな」

「鎖縛っ、あんたなぁっ、姉ちゃんが兄ちゃんに飽きたら、次は俺なんだからなっっ、抜け駆け禁止だぜっっ!!」

ゲシンッ

「あんたごときにラスを独り占めなんかさせないわよっっ!!」

「小娘、もっとぶん殴ってやれ、俺が許してやる」

「闇主っ! どうしてお前はそうやって、邪羅を苛めるんだっっ!?」

――闇の王を従えて、この朱金の娘はどこまで輝くのか?――

「姉ちゃんの言う通りだっっ! いっつも俺ばっかりよおぉぉっ酷すぎると思わねえぇのかよおぉっ! あんたには良心ってもんがねえのかっっ!!」

邪羅も人間として生きて来た年数が長い所為か、けっこう酒は効いているらしい。
しかし『悪』という言葉の根源になったであろう、この極悪妖主に『良心』ときた。
酒を飲むと、どうやら魔性は本来の性格が顕著に現れるらしい。
邪羅は実は結構酔っているのかもしれない。

「小僧、お前本当に魔性か? 周りにいい見本がゴロ付いてるってえのに、お前には学習能力ってもんは無いのか? 少しはサティンを見習え」

――そして気付いた、この男が『模造品』だと思い込んでいた自分を、サティンの傍に置いた真の理由を――

「何か今、聞き捨てならない言葉を聞いたわねぇ」

「褒めてるんじゃないか」

――それは、自分を他の誰とも違う『個』だと認識させる為に――

「自分を棚に上げてぬけぬけとっっ!! ラスってば男の趣味悪すぎだわっっ!」

「リーヴィ、お行儀が悪いですよ」

「男の趣味って...?」

――かつて頑に閉ざしたラエスリールの心を開いた、砂色の髪の捕縛師に自分を任せ――

「小娘、お前もそこの能無しのガキが好みなら、人の趣味をどうこう言えんと思うが?」

「...余計なお世話よっっっ!!!」
 
――それが千禍という名の呪縛を脱ぎ捨てた、彼なりの自分に対する配慮なのだと――

「浮城のどこを探してもいないと思ったら、こんな所で私は仲間はずれですか? ラスまでいるのに呼んでくれないなんて、薄情なものですねえ」

衣於留に連れられて、にこにこといきなり姿を現したのは、万年青年のブロンズ髪の捕縛師セスランだ。

「衣於留さんが『鎖縛の周りに面白い気配が揃っているわね』なんていうもんですから、連れて来て貰ったんですよ」

「あらぁ、セスランも衣於留さんも遅かったじゃない、すぐ匂いを嗅ぎ付けて来ると思ってたのよぉ。 ほら、早く飲みましょ飲みましょ」

「どうしてセスラン様に妖貴の女性なんか...」

――『本物』にあんな顔をさせる、朱金の娘を変えたサティンに付き合って、変わるのも悪くない事のように思えた。 そうしてやっと自分は『鎖縛』になれるのだと――

「ラス、あなたには言っていませんでしたが、もう随分昔に偶然仕事で衣於留さんを封じさせて戴きましてね、その時のお礼にと、色々と私の助けになって下さっているんですよ」

どこをどうやったら、封じた魔性が恩返しなどしてくれるというのか。

――ここに集う連中は、どんなに癖がある存在でもそのまま笑って受け入れ、支え合い――

「鎖縛! 私達せっかく飲んでるんだから、お酒の勢いに任せて仕返しに闇主苛め位の大志は抱かなくては駄目だわ!」

「あんたも身に染みて分かってるだろうけどよぉ、兄ちゃんに報復戦争なんか布告しようもんなら、数十倍の嫌がらせ攻撃食らうからな。 卑怯でもまずは姉ちゃんを味方につけるのが、最善の策だぜ」

――これを仲間と言うのか――

「話の低次元化をこうも簡単に招くとは、お酒の威力は侮れませんねえ」

「ちょっとっ、鎖縛ったら、なに浮かない顔しているのよ? ラスをネタに闇主いびりなんて、こんな楽しそうな意趣返し、お酒位入ってないと、恐ろしくって出来ないんだから! こうなったらラスを盾に、私がしっかり護り手役してあげるわよっ!」

かなり酔っぱらっているとはいえ、仁王立ちになって、恐れ知らずにビシイィッと名前の変わった柘榴の妖主を指差すサティンに、一同様々な感想を漏らす。

「ふん、それなら付き合ってやるよ」

――呪縛から来る強制からではなく、自らの意志で――

「俺もっ!俺も兄ちゃん苛めやるっっ!」
「無意味に果敢ですねえ」
「こうなったら連携攻撃で勝負だわっっ!」
「柘榴の君も、姫君が人質じゃ弱いわよね」
「皆さん、実力行使はほどほどにして下さいね、仮にも他人の別荘なんですから...」

「無茶だっ!! みんな、闇主の多彩な悪態用語と底意地の悪さを知らないんだっ」
「あらぁ?みんなラスよりは知っているわよぉ」
「そうよっ! この陰険妖主ったら、ラスにだけは激甘じゃないのっ!!」
「それはどういう...むぐぅ」

後ろから手で口を塞ぎ、もがくラエスリールを難なく抱きすくめながら、強大な力を有する深紅の魔性の王は、ふふんと鼻をならしてぬけぬけと言い放った。

「数の暴力たあ上等だ、どこからでもかかって来い」

「『あーっっ! ずっるーいっっっ!!』」


夜は更ける。
そして夜明けと共にまた別れはやって来る。
だが誰しもが惜しむそれは、決して永遠の別離ではないのだ――。




2009.2.12

この作品のテーマは再会でした。ラエスリールと浮城の面々、ターニスと緑の妖鬼、鎖縛と闇主。
どこか抜けている勘違いのターニスさんがお気に入りです。
しかし、ラスを人質に赤男を苛めてやろうとしましたが、やはり彼の先手必勝には負けました。
まあ彼には結構苦労してもらったので、良しとしましょう。



ということでラバ様から頂きました(><) 今回初めて小説を書かれたそうですが、とってもそうとは思えないほど素晴らしかったですvまるで破妖の外伝を読ませて頂いたようで本当に栄養補給になりました(*^^*) 
個人的には、ターニスさんがイイですvv後甘えたラス様がものすごく可愛かったです(><) 
ラバさん本当に素晴らしい作品を有難うございましたm(__)m

後記担当 ちな

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