第九話
一方、当の花嫁となる緋陵姫は・・・。
式場の中、伯母に手伝ってもらいながらウェディングドレスに着替えていた。
「伯母さま、母様は今此方へ向われたのですね」
「心配するな。あの運転手なら絶対間に合わせるはずだ」
伯母ー識翠ーの言葉に妙に納得がいくという様に、緋陵姫は頷いた。
「あの人、母様命だから」
隣室ではタキシードに身を包んだ乱華が、嬉しさと緊張を噛み締めていた。
心なしか肩が小さく震えているようだ。
隣には仲人のセスランが立っている。
「緊張してるみたいですねえ」
にこにこ笑いながら、セスランが話しかけてきた。
「当然でしょう。どれ程この日を待ち侘びたか」
「肩肘張りすぎると変な失態しますよ。適度に肩の力抜いたらどうです?」
セスランは余裕しゃくしゃくだ。
肩の力抜きすぎじゃないですかとは乱華は突っ込みたくても突っ込めない。
「簡単に言わないで下さい」
とは言うものの適度な緊張に包まれていると、身が引き締まる気もした。
あまり気が緩んでもそれはそれでおかしい気がする。
クスクスとセスランが笑った。
「じゃあ私はご来賓の方々に挨拶とかしてきますよ。」
「お願いします」
乱華は、変な気分でセスランを見送った。
来賓の方々とは、一体誰が来るんだろうか。
自分の結婚式なのに知らない自分がおかしかった。
刻々と時間が迫る。
椅子に座ったまま、乱華は考え込んだ。
自分だけ幸せになるなんて許されるのか。
姉がどんな状況に追い込まれているかも分からないというのに。
入場時間寸前まで彼は思い悩んでいた。
「姉上…………」
かたりと乱暴に椅子から立ち上がる。
うろうろと室内を歩き回りながら、時をやり過ごす。
「そろそろ時間なのでよろしくお願いします」
係員が、呼びに来た。「あ、はい」
返事をしながら顔は赤く染める。
落ち着かない様子を見られてしまったことに少し気恥ずかしさを感じた。
係員に続いて廊下に出ると、緋陵姫が立っていた。
「乱華」
緋陵姫は照れたように頬を染めている。
真白いウェディングドレス姿が眩しくて乱華は目を細めた。
「綺麗です。とても」
恥ずかしげもなく真摯な口調。
「ありがとう」
緋陵姫はまっすぐに乱華を見つめて、腕を絡めた。
「行きましょう」
会場への廊下を歩いてくと、案内してきた係員と、もう一人の係員が、二人で扉を開けた。
真っ暗の室内の中、二人にスポットライトが当たる。
乱華が夢で見たのとは異なる風景。
ここは教会ではないのだ。
鳴り響く音楽と共に二人は新郎、新婦の席に座った。
広くはない会場内は容易に見渡すことができる。
まず、手前の親族席の東側に、セスラン、マンスラム、
西側に、翡蝶・識翠姉妹と、黒髪の女性・・・?
乱華はこそこそと緋陵姫に話しかけた。
「あの黒い髪の方何方ですか?」
「母上の運転手の葛衣さんだ」
運転手って。
変なつながりの人が、この式には来るんだな。
「じゃああの奥の席の二人は?」
逆に緋陵姫が問い返してきた。
よく見ると黒髪の男女が、いる。
ふわりとした巻き毛を背に流した美女と、同じく長い黒髪の青年。
あれも邪羅が呼んだ客だろう。
「さ、さああれは私の知り合いじゃないもので」
乱華は幾分答えにくそうに言う。
「奇妙な式だな」
ごもっとも。
緋陵姫の言葉に乱華は曖昧に笑うしかなかった。
小声で話している間に式は、進行していく。
二人は前を向いて、司会者の方を見る。
テーブルの下では、手を繋ぎ合わせながら。
「そろそろ良いんじゃないか。丁度式も半ばに差し掛かったことだし」
闇主の低音の声が耳元で響く。
「お前の考えてたことってこういうことか」
ラエスリールは、こっそり現れたサティンに、
ウェディングドレスを着せられていた。
「別に誰にも迷惑かけてないだろ」
闇主の方はも黒いタキシード姿に身を包んでいた。
「いや普通迷惑だ。こんな乱入みたいな」
恥ずかしそうに頬を染めるラエスリール。
「大丈夫よ。知らないのはあの二人だけなんだから。
ラスはこんなに綺麗なのに皆に見せてあげなきゃ勿体無いでしょ」
さらりとサティンは言う。
「うん」戸惑いがちにラエスリールは頷く。
本当はあの二人への申し訳なさでいっぱいだったけれど、もう引き返すことはできそうもない。
「此処から入ればいい」
闇主はステージ側の扉を指差した。
ここはステージ奥に通じる廊下。
この扉を開ければ乱華と緋陵姫が座るテーブルがある。
「やっぱり駄目だ」
「何を今頃になって言うんだ」
「え、うわっ闇主待て」
闇主はうなだれるラエスリールの手を強引に引っ張り、扉を押し開けた。
控えていた係員が目で合図する。
会場内には何のざわめきも起きない。
示し合わしていたかのようだ。
突然現れた結婚式に出席するような格好の二人。
赤い髪の美青年と花嫁と造作がそっくりの美女。
「姉上!」
乱華が驚きに目を見開いた。
「ラエスリール久しぶりだな」
緋陵姫はそう言いながら笑いをこらえるように腹を押さえている。
「ら、乱華驚いたよな」
ラエスリールが気まずそうに俯く。
「お前らだけの式じゃ味気ないからな。真打登場というわけだ」
闇主が不敵な笑みを浮かべた。
「姉上がいらっしゃるだろうと思ってはいましたが……」
乱華はそれ以上何も言う事が出来ない。
「嬉しいだろう。久々のラスとの再会は」
乱華は、絶句したまま何も言えない。
そんな折、仲人が新郎新婦の紹介を始めた。
乱華と緋陵姫の紹介をした後、闇主とラエスリールの紹介へと移る。
さも最初から仕組まれていたかのように。
そもそもこの式場もセスランが手配したものである。
彼は知っていた。
あの二人が来ることを。
すべてが、セスラン住職の思惑通りだったようだ。
一気に賑やかになっていく結婚式。
気付けば、闇主とラエスリールがいつの間にか用意された隣のテーブルに座っていた。
新婦同士が何やら話を始めている。
「はめられたのだな、ラエスリール」
緋陵姫はクスクス笑う。
「いつものことなんだ」
「ふふ……お前も苦労するな」
二人は微笑み合う。
まるで鏡が間にあるかのようにそっくりな二人に、会場から溜息が漏れた。
そっくりなだけではない。目を瞠る程の美人なのだ。
お互い持つ雰囲気が違うし瞳の色が左右異なるので間違えられることはないだろうが。
「素敵!!やっぱりラスの方が良いけど綺麗だわ」
セスランの隣の椅子に座っている茅菜が、感嘆の声をあげる。
大人用の椅子なので体に合わず足をぶらぶらと揺らしている様子が可愛らしい。
「今日の新郎新婦は綺麗ね。でもあたしの方が綺麗だけど。ね、九具楽?」
「もちろんだ」
ラブラブなカップルが寄り添いながら、式を見ていた。
新郎・乱華側の席に座るふわりとした黒髪美女と黒髪青年である。
その時、場内に謎のアナウンスが響き渡った。
「「!」」
場内の人々が一斉に一方向を見る。
赤銅色のの髪の青年がマイクを握っていた。
「今日はおめでとうございます。
いやあ念入りに計画立てたかいがありましたねえ闇主さん?」
「俺としてはこんなガキと一緒なんて不愉快なんだがな」
乱華の髪を闇主は腕を伸ばしてくしゃりとかき混ぜると、
乱華は無言のままじとりと闇主を睨み付けた。
せっかく整えた髪が無残にも乱れてしまったのだ。
「まあまあ皆仲良く幸せになれるなんて素晴らしいことですよ」
にこにこにっこりと微笑みセスランはマイクを係員に渡す。
「新郎新婦によるケーキ入刀です
」ステージ上のやり取りを無視するかのごとく式は進んでいく。
4人は立ち上がり、ステージを降り、入刀用のナイフをそれぞれのカップルが一緒に握る。
そして用意された二つのケーキに入刀していく。
嬉しそうに笑う二人の花嫁。
満足そうな花婿二人。
華やかな雰囲気に包まれて、式がクライマックスを迎える。
「ここで新郎新婦の誓いのキスを」
係員のマイクを再び奪い、セスランが朗らかに笑った。
乱華は少し顔を赤くしながら、緋陵姫に口付ける。
それで無事誓いのキスが終わったかと思ったが、
闇主とラエスリールの誓いのキスは中々終わる気配が見えなかった。
「こちらの新郎新婦のお二人はとっても激しいんですよ」
セスランはさらりと言った。
激しい。
何とも的を得ていながらも恥ずかしい言葉だろう。
会場内に来ていた面々が口元を押さえる。
「闇主……離せって」
「嫌」
既にラエスリールの頬は真っ赤。
この恥らう様子がまた闇主の中の何かを煽るのだが、
ラエスリールは勿論気づくはずもない。
無意識に闇主のタキシードの裾を掴んでいる。
「闇主ったら」
ふふと楽しそうに声を上げてサティンが見ている。
乱華と緋陵姫は、置いていかれたような気持ちになった。
周りがあの二人に注目していてすっかり忘れられている。
「あの………もしもしお二人さん?」
恐る恐る乱華は声をかけた。
「うるさい。向こうへ行け」
後ろ手にしっししっしと闇主は乱華を邪魔者扱いし、
花嫁衣裳のラエスリールを抱きしめた。
まるで見せ付けるかのごとく。
どうしてもいちゃつくのを止めようとしないのか。
本当は二人きりで挙げたかったな。
嫌じゃないけど想像していたものとは何かが違う。
ひっそりと心の中で乱華はそう思った。
「乱華、もう式どころじゃないな」
ぼそっと緋陵姫は言った。
「楽しいから良いけど」
「ええそうなんですけどね」
ただの来賓として来ていればもっと楽しかったろうに。
式に出席している側として考えたら、あまり楽しくなかった。
既に式は半ば中断状態で、あの二人が(というより赤男のせいで)
いちゃつくだけの場と化している。
私には緋陵姫がいますし、別に嫉妬なんかしませんけどね。
というより姉上もされるがままじゃないですか。
真っ赤な顔をしながらも。
恥ずかしくないんですか。
式の途中ですよ。
悶々と悩み続けた乱華は意を決したように叫んだ。
「緋陵姫、逃げましょう」
「え!?」
「あの二人には好きにさせておけばいいんですよ。
きっと誰にも止められないでしょうし」
「だからこんな式からはとっとと抜け出すがか勝ちです」
「ああ」
乱華の言葉に緋陵姫は即答した。
大いに納得するものがあったのだろう。
緋陵姫の手を強く握り、会場内を走る。
気付いた邪羅がひらひらと手を振った。
「この場はとっとと退散すべきだよなあ。
俺もそう思ったし。幸せにやれよ」
「ありがとう邪羅」
緋陵姫が微笑む。
驚いた顔をしながらも、出席者が手を振ってくれる。
白いドレスというより花嫁衣裳そのものの姿の邪羅の母親が淡々と呟いた。
「お主散々じゃな」
乱華は彼女の言葉に問いよりその姿に呆気に取られながら、
「これからあなたも結婚式ですか。お互い幸せ掴みましょう。
と思わず言ってしまった。
「違う。これは今日の日のための正装だ」
一体どういう意味だろうか。
するとそこへ、
「おおあなたもそのつもりだったのか!さあ私達も式を挙げよう」
紫色の髪の男が身を乗り出してきた。
何を勘違いしたのか彼も白いタキシード姿である。
「そのようなつもりはないと言っておろうが」
白煉の怒声が響き渡る。
乱華は騒動が起きる気配を感じた。
もたもたしている場合ではないようだ。
緋陵姫の手をより強く握り、会場内を駆け抜けていく。
振り返ったら、駄目だ。
二人は一気に結婚式場を走り抜けて、外に出た。
息を切らした二人は式場の外の階段に座り込む。
「………な、何だったんでしょうね今日の式は」
乱華は疲れたような顔をした。
「完全に仕組まれてたな」
「あんな人信用しなければ良かった」
セスランのことだ。
「面白ければ何でも良かったんじゃないか」
「あの人の考えそうなことですね」
「これからどうします?」
「そうだな。どこか静かな所へでもいくか」
「賛成」
しばらく休んだ後、二人は、また歩き出した。
二人だけの場所を作るため。
誰にも侵されない「マイスウィートホーム」を求めて。
the end
ということで、麻弥様から頂いた長編小説ですーvv前にまややちゃんが自サイトでアップされていたのを
今回のお祭りの為に、下さいましたvvもうもう、いいですよねvv笑いあり、恋愛あり、家族愛あり、そして
ダブル結婚式ーvvもうもう、最高です!!マイスウィートホーム、完成するといいですね(にこっ)v
ではでは、まややちゃん、本当に最高のお話有難うございましたーvv
後記担当 ちな
背景素材提供「700km」様