Scaretwind



緋色の風に包まれて
私はここにいる
赤い血と傷でこの身を染めて



視界を染める景色はあの日からいつも
一つしかなく、その事に安堵していた。

つよく、強くなりたい。
何も失わないように。
消えない傷を重ねる不器用すぎる
戦い方は常に周囲の不安を呼んだけれど、
私にはこのやり方しかできなかった。
旧知の友は、納得できないという顔をしながらも、
きっと認めてくれるだろう。
今までの自分を見ているが故に。

暁色の陽光が降り注ぐ大地を歩く。
自分の中に愛刀の紅蓮姫が、常に息づいているのを感じる。
同化しているが為に、最早切っても切り離せなくなってしまった。
身体を鞘としている破妖刀を抜くことは出来ない。
引き抜くと言う事は死を意味するのだ。
それは重すぎる運命。
どうしても憎むことの出来ない
大切な弟。紅蓮姫が彼に刃を向けようとしたら、
きっとまた己の体に刃を納めてしまう。
呼び出した紅蓮姫を自らに突き立てる。
死した後彼にどれだけ憎み、恨まれようとも、
乱華をこの手で殺めるのだけは・・・・。


そうなってしまったら彼は怒り狂ってしまうかもしれない。
「馬鹿が」そう呟く彼の姿は容易く想像できた。
そして、行き場のない怒りをぶつけるように
全てを粉々に砕き、世界を灰に変えてしまうのだろうか?
悲しむよりもそういう道を選んだ私を激しく憎む。
その怒りはその道を選ばせた乱華に向う。
死んでも死にきれぬ程に痛めつけ、
乱華を破壊しつくす。
恐ろしいと思うのに、考えてしまう。
私がいなければ、とうに闇主は彼を殺めていたことが
予想できるから怖いのだ。



宙に漂い、愛しい女を見下ろす。
頑なな表情の下に隠している涙を思うと、
やり切れなくなる。
何故お前ばかりそんなに苦しむんだ。
俺が半分でもその痛みを背負ってやるから、
身を削るような生き方はやめて欲しい。
そう言ったとして、その通りになるのなら
とっくに口に出していた。
言ったとしても、徒労に終るだけだ。
彼女は優しすぎて無知で、愚かで
人としての生を終えているのにも拘らず、
まだ人であることに拘る。
魔性の力を持ちながら、魔性の残酷さを
持ち合わせず。
これからも彼女は人であり続ける。
魔である己と結ばれようとも、
彼女は無垢なまま変わらないだろう。
楽な道を歩こうとしないのではない。
そういう道を選んでいることすら気付かず
茨の道だけを歩き続ける。
赤く濡れても尚、輝いていて、
寧ろより輝きを増す。
見つめるたびに魅了された。
柘榴の妖主ともあろうものが、目を離せなくなった。
琥珀の魅了眼以外にも、未知数の力を秘めた魂にも。
華を咲かせる前から、捕らわれていたのだ。
がんじがらめに縛られて、身動き取れなくなって、
深く被っていた猫を外した。
本性を晒した己に彼女は驚いていたが。
隠し切れなくった真の自分を見せた時に、決意した。
どれだけ時間がかかろうとも全部を手に入れてやると、
そう決めた。
揺るがない想いを確信した。
ラエスリールなしでは生きてゆけない自分というものを感じた。
猫を被っていた頃は、酔狂に身を興じているのみの一時の遊び。
気まぐれ。
それ以外はなかった。

片腕を失った悲しみと怒りとやり切れない思いを抱え、
虚空に佇んでいたあの時、ボロボロになっていく彼女の姿を
見せられても、駆けつけようともしなかったのに。
想いの深さに気付かされてしまった。
後には引けない。
そう感じた。
すぐにでも縊り殺すことなど簡単にできる存在でも
そうしようと思わないのは自分にとって楽しいことでも何でもないからだ。
殺して楽しい存在ならば、また別だが。
腕を組んだ姿勢で前方を歩く彼女を見下ろす。
漆黒の髪が風にさらりと靡く。
歩みを止めない彼女の横顔は澄んでいて何の曇りもない。
痛いくらいに真っ直ぐだな。
苦笑いをしながら、彼女の前に降り立った。

「何だ?」
訝しげに問う。
「別に」
今、何考えてるのかと思ったんだ。
覗き込むように彼女を見つめる。
琥珀と深紅の瞳が鮮やかに輝いていた。
「な、何でそんなに見るんだ!?」
顔を真っ赤にしながら胸を抑えている。
どくどくと鳴る鼓動。
「見ちゃ悪いのか」
「・・・・悪くないけど」
恥ずかしそうに俯く。
その初々しい反応が見ていて楽しい。
見るだけでそんなになるならもっと別のことをした時
彼女はどうなるんだろうか。
過剰な反応を見せてくれるのも面白いかもな。
でも拒絶されるのは困るかな。
笑みを口の端に刻む。
「何がおかしいんだ」
むっとしたように睨んでくる。
「未来のことを考えてた」
「未来?」
「そう遠くはない未来のことさ」
「お前のことだからロクなこと考えてないんだろう」
憮然とした顔で言われる。
「いや、とっても素敵な出来事が起きるかなって」
にやりと笑う。
時は熟すんだよ。ラエスリール。
ゆっくりと確実にな。
お前も分かっているんだろう。
待ち焦がれてた瞬間が押し寄せてきていること。
何かが変わる予感を感じてるよな。
「よく分からないが、そんな出来事が起きればいいな」
小さく息をつき、微笑む。
心の底からの言葉なのだ。
「起きるさ」
いや起こすと言う方が正しいかな。
「そうだな」
「悲しい未来を想像するよりも希望がある」
「お前らしいよ」
がしがしと髪をかき混ぜると、
「あ、闇主!?」
どぎまぎしながら抵抗する。
変わらない。
変貌を続ける世界の中で、彼女だけは変わらないようだった。

闇主の中で、どうしようもない悪戯心が巻き起こる。
その細い体に腕を回した。
強く抱きしめる。
「・・・っ」
じたばたもがいて腕から逃れようとしているラエスリール。
「大人しくしていろ」
逃さないと言うように、闇主は腕の力を強くした。
きつく抱きしめた後、一旦体を離し、その細い肩をしっかりと掴んだ。
彼女は目を見開き、彼を凝視する。
これから起こる事への期待と小さな不安。

闇主は少し背を屈め、ラエスリールの唇に己のそれを重ねた。
熱いものが流れ込む。
息も出来ないほど苦しくて甘い。
どうしたらいいのか分からず、そのまま身を任せてしまう。
抗うことさえ忘れて。

重ねられた唇はいつまでも離れない。
より深く口付けられ、眩暈がしてくるよう。
ラエスリールは自然と瞳を閉じた。
いつか『こういうときは瞳を閉じるものだ』
と言っていた闇主の言葉が胸に蘇ったのだ。
肩に置かれていた腕は、いつの間にか体全体を包み込んでいる。
唇を止めた闇主が、肩口に頬を埋めた。
何だかそれがとても心地よくてラエスリールは、
自らも頬を寄せる。
闇主の背を抱き返す。
闇主からは見えないラエスリールの顔には微笑が滲んでいた。
毅然とした美しい笑み。
闇主はいつしか瞳を閉じていた。
安らぎに満ちた表情で。


乾いた風が頬を嬲るその場所で、長い長い時間
そうして二人は寄り添い合っていた。



ということで、麻弥様から頂いたSSですv
お互いのそれぞれの抱える過去への思いにほろりとなりつつ、
でもこれからの二人の未来は、きっと・・・。二人でいればきっと。
そして、口付けーーーvvもうもうすっごくイイ!です!!
ああ上手く言葉にならないのが歯痒いです;;
まややちゃん、とっても萌え萌えなSSを有難うございましたm(__)m

後記担当 ちな

背景素材提供「Studio Blue Moon」様