深淵−戻れない場所−



世の中には大馬鹿者もいるものだと、彼はほとほと呆れ返っていた。
自ら破壊した城の名残残るその場所に、柘榴の妖主は、ただ佇んで。


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彼にとってその男は唯一の片腕だった。

第一の配下として側に置くのに申し分ない青年であった。

気に入っていたから側で仕える事を許し、居城の留守を任せた。

信頼していたからこそ全てを預けて、居城を出たのに。

青年は自らの激しい嫉妬心から身の破滅を招いた。

互いが望まぬ戦いにより虚空の彼方で死した。

敬愛する主の手により帰らぬ眠りへと身を落とした哀れな青年。

最後は全てを理解し、受け入れて。

彼ー闇主ーの胸に出来た深い穴と耐え難い痛みは

生涯消えることはないのだ。

深紅は何処までも流れつづけるだろう……。


言葉で言い表せないほど、大切な少女に手を出したり

しなければ、彼の逆鱗に触れる事もなかった。

静寂が満ちる虚空で、闇主は一人、くしゃりと顔を歪めた。

あの時の出来事が、しこりのように心の中に降り積もっている。

過去は消しようがなく、どこまでも心の奥底に
消えない疵と痛みを残したまま。

『誰が付き従えと言ったんだ。俺も好き勝手にやってるんだから

お前も勝手にすれば良いじゃないか』彼は何度もそう思った。

けれどその思いは九具楽には届く事なく、空しさが増えていくばかりだった。

彼には、どこまでもいつでも柘榴の妖主その人しか見えてなかったのだ。

食い違う思いが悲しい戦いを生じさせた。

空しく切なく二人の思いはすれ違ったまま、

最後に終止符を打ったのは闇主。

ラエスリールを守るため、九具楽との師従関係に決着をつける為に、

かけがえのない配下を手にかけた。

闇主は虚空への眠りに止めようとしたが、九具楽がそれを受け入れなかった。

思いは通じる事ないのならと主の手による死を望んだのだ。

おろかしい殺し合いの悲しい結末。

胸の中の激しい慟哭は収まること知らず、闇主の心の中吹き荒れた。

いつか九具楽との終末の時が訪れると内心分かっていたのかもしれない。

ラエスリールの護り手になった時に、九具楽と道を違える事を。

かけがえのない物は二つともを手にする事が、出来ないのだから。


ラエスリールの側にいることを決断し、闇主は
永遠に腹心の配下を喪った。

九具楽もまた、永遠に主と呼ぶべき存在を失った。

己の死と共に。

決して九具楽のことを厭うたのでない。

お互いに譲れぬ物があるから、互いに別の道を選び取ったのだ。

それぞれの想いが別の場所にあった。


心は何処までも血を流す。

決して癒される事のない疵が胸で疼いている。

あの時の記憶に触れるたび、苦く苦しい思いが闇主の中に蘇る。

それは、昨日のことのように鮮やかに…………。



ということで、麻弥様から頂いたSSですv
九具楽さんとのことを思い出す闇主さんです。選び取った道が違った為に・・・
ああ;もうもう、切ないですっ、思わずほろりとなりました。
まややちゃん、とっても切なくなるSSを有難うございましたm(__)m

後記担当 ちな

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