お絵かきチャットお題  医者
碧様 作

有給を貰った土曜の午前中。手渡された弁当の袋の中に、明らかにわざと入っていた名
刺を頼りに連絡をしたところ、都合のつく日時として、この日が指定されたのだった。
 さすがに人と食事となると、変な服装はできない。
 けれど、彼女はファッションにはあまり拘らない人物なので、こういった場合に着てい
くべき服など、あまり持ち合わせてもいない。本日は辛うじて発見したフレアスカートと
タートルネックの薄手のセーターを着ていた。その上に更にコートを着てはいるが、全体
的に淡い色で統一していた。
 仕事人間の彼女にしては、なかなかのできだろう。
 社会人であり、生真面目な彼女は言われた時刻の10分前に待ち合わせ場所に来てい
た。駅にある仕掛け時計の前だ。
 無論、休日と言う事も有り、駅は人でごった返していた。彼女以外にもこの時計の前を
待ち合わせにしている人間はたくさんいる。あんまり沢山いるので、人ごみに埋もれて相
手に発見されないのでは、と彼女が思い始めた頃、周囲の女性がざわざわと騒ぎ始めた。
 彼女が騒がしい方へと目を向けると、大勢の女性の視線の先に、自分と待ち合わせをし
た人間が立っているのを見つけた。
「やあ、ラス」
 にこやかに挨拶してくる男性を見て、彼女は小さく、小さく溜め息をついた。
 こういう人なのだ。そこに現われれば、人の目を惹き付けずにはいられない、そんな美
貌の持ち主なのだ。嫌でも注目されるのだ。
 周囲からの羨望の眼差しをチクチクと感じながら、それでも彼女は作り笑いを忘れな
かった。
 傍から見れば彼女も美人の域に入り、先ほどから周囲の男性の目を独り占めしているこ
とには気付かないまま。
「早めに来たつもりだったけれど、どうやら待たせてしまったみたいだな」
「いえ。私が早かっただけですから」
「……相変わらず、か」
「何か?」
「いいや? それじゃあ、行こうか、先生?」
 慣れた手つきで肩に手を置かれる。その手には、一見、力が入っていそうに無いもの
の、いざ離れようとするとそれを許さない。
 そんな、半ば強引なエスコートに促されるまま、彼女は歩き出した。

 連れて行かれた先は、どんなに流行に疎い人間でも名前を聞いたことがある場所にあ
る、超有名店だった。一品の値段が数千円は当たり前、上を見れば万単位もあるという高
級料理店だ。
 正直、一般的な金銭感覚しか持ち合わせていない人間には縁の無い店だ。
 店の入口にはスーツをきちっと着込んだ、店の従業員の男性が立っている。闇主が名前
を告げると、従業員は「いつもありがとうございます」と言う。
 どうやら常連らしい。
 そんなことを思っていると、その従業員は店の奥へと2人を案内し始めた。遅れないよ
うにと歩いていくが、店は広く、客も多い。
 なんとか見失わずに到着した席は、個室だった。
 従業員がしっかりとした作りの椅子を引き、スタンバイする。連れは自分で勝手に座っ
てしまった。
 慣れない動作にドギマギしながら、ラエスリールは席に着いた。
「ご注文は?」
「ああ、そうだな。何か食べられないものは?」
 後半はラエスリールに対しての質問だった。
「いえ、特には」
「だったら…」
 その後、メニュー片手に料理をオーダーする彼の口から出てきたのは、流暢なフランス
語だった。その綺麗な発音なら、母国語として使っている国に行っても不自由しないだろ
うと確信できるほどのものだ。
 従業員は一度注文を確認すると、一礼をして部屋を出て行った。
 立地条件もさることながら、店は海外に本店を持つ高級料理店。昼時とは言え、一品ず
つ頼むとなると、けっこう良いお値段である。更に個室。
 いったい、隣の人間の金銭感覚はどうなっているのかとラエスリールは考える。
「何か食べたいものが?」
「無いです」
 というよりも、メニューを見てもよく分からないのが実情だ。それなりに語学は学んで
来たが、それは医者をする範囲でのものであり、料理に関してさっぱりである。
「……なんで個室を?」
「その方が落ち着くかと思って」
「名刺を入れていたのはわざとですか?」
「そうすれば、ラスの性格上、連絡を入れてくると思ったんだが?」
 読まれている。
 相手の目がスッと細くなる。
 これはまずい。このまま突っ込んだ話をするつもりだ。
 ラエスリールはそう判断し、話題を変えることにした。この男と話す時は、下手なこと
を言われる前に話題を変えなければ後々自分が窮地に追い込まれる。それを彼が入院して
いた時期に経験済みだ。
「この店にはよく来るのですか?」
「まぁ、ぼちぼちと。接待にはちょうどいい。評判もいいし、外れもない。ラスは初め
て?」
「……フランス料理はさっぱりなんですが」
 言うと、彼は微笑する。
「料理の作法なんて気にしなくていい。どうせ個室だし。それに、料理は美味しいか不味
いか、しかないと思うけどな、料理評論家でもないことだし」
「……」
「連れてくる所はどこでも良かったんだが、この店は顔が利くし、それに、個室が取りや
すかったからな」
「……個室に拘ったんですか?」
「そう」
 深紅の青年は笑んだまま、彼女の手を取った。
 不思議と彼女にはその手を振り払おうという気は起こらなかった。
「食事でもしながら親密になるには、余計な雑音が届かないほうが良いだろう?」
 やや上目遣い気味にそう言われ、不覚にもドキッとする。
 そう、不覚にも。
 駄目なのだ。
 他愛のない会話の中に存在する、獲物を狙う深紅の瞳。
 その瞳を見る度に、思い出す度に心が疼くのだ。

 恐らく、もう引き返せないのだと。
 そう自覚した瞬間だった。

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碧さん作、お医者様の第5弾です☆
ついにデートですv ラス様の私服vそして、闇主さん、早速、
個室に連れ込んでいます(微笑) 
きゃーラスさまどうなるの〜とどきどきが止まりません(微笑)
続きがますます楽しみです(><)ノ碧さん、いつも有難うございます☆

後記担当 ちな