お絵かきチャットお題  医者
碧様 作
いっそのこと警察に連絡しようかと思ったが、一応、目の前の人間の肩書きを思い出して寸前で止めた。しかし、この事態はなかなか異常なわけで。
「………これはどういう状況でしょうか?」
 そんなことを彼女が訊きたくなるのも、無理はなかった。
 状況を説明するならば、本日は平日。時間は午前11時。場所はとあるインテリア雑貨店の前。そこそこ人通りはあるものの、休日とは比べものにはならない。そんな時間のそんな場所に、社会人がいることは少し疑問が残る。
 だが彼女は本日、久しぶりの休みをもらった。
 ここ数日、急患が多くてなかなか休めなかったのだ。正直くたくただが、必用な物があったので、街まで買いに来ていた。
 だから、彼女がいることに疑問はないのだが。
「強いて言えば、『愛の力』ってやつ?」
 彼女の眼前でにっこりと微笑むこの深紅の美青年が、こんな昼近くのショッピング街を闊歩している理由が彼女にはどうしても分からない。しかもこの青年、店から出てきたら待ち伏せしていたかのようにすすっと目の前に出てきたのだ。
 ストーキングされているのでは。
 あながち間違ってもいないだろうその考えを口に出そうとするも、相手が一流企業の社長ではおいそれと問題に出来ないと思い、先ほどの言葉を無理やり出したら返事があれだった。
 さすがに堪忍袋の緒が切れそうだ。
「お仕事はどうなされたのですか?」
「次の商談相手との待ち合わせは午後だから」
「……他にやることはないのですか?」
「俺の会社のことを部外者が心配しなくてもいいだろう?」
 そう言われてしまっては言い返す言葉は無く。
 デスク用のライトが入った紙袋を片手に持ちながら、彼女――ラエスリールは思案に暮れる。
 どうしたらこの状況を打破できるだろうか。
 しばらく考えてから、彼女としては珍しく彼を相手に満面の笑みを見せた。
 機嫌がいい時の笑顔と言うよりそれは、開き直った時のものではあったが。
「それで、私に何か御用ですか?」
「せっかくなので、食事でも」
「どうしてそうなるのか私には分からないのですが?」
「どうして分かってないのかが俺には分からないけどな」
「「……」」
 双方、沈黙した。
 平日の真っ昼間に店の前で距離を置いて話しているカップル――傍から見ればそうとしか見えない――は、周囲の目を引いていたが彼女にしてみればそんなことはどうでもいい。
 さっさと会話を切り上げて帰りたかった。
 すると天の助けか、彼女の携帯電話が着信音を出した。鞄から取り出して見てみれば、勤め先の病院からだった。
 会話の途中で電話に出るのも失礼とは思ったが、彼女の中では彼は招かれざる客だ。多少の躊躇いは見せつつも、折りたたみ式の携帯を開き、電話に出た。彼は特に気を害した風ではない。
「はい、もしもし? ……はい、……………急患、ですか?」
 ここ数日、嫌と言うほど聞かされた単語がまた耳に入り、顔をしかめる。だからと言って、拒否できるような内容ではない。自分は、人の命を預かっているのだ。
「分かりました。すぐに向かいます」
 そう答えるとプツッとボタンを押して電話を終えた。
 目の前の青年に顔を向ける。
「急患が出たようなので、失礼させていただきます」
 携帯電話を折りたたみ、慌しく仕舞って、返事を待たずに駆け出した。礼儀知らずと思われても構わない、と彼女は思っていた。
 電話の向こう側から、緊急手術の要請が来たのだ。どうやら容態が急に悪化したらしく、今すぐにでも手術をしなければ助かる見込みがないとのこと。
 自分の悪評が出ることより患者の命が優先されるべきだ。
 青年は引き止めるでもなく、走っていく彼女を見送っていた。
 けして逃げ出したのではない。自ら人の命を背負うことを選んだから、その道を歩む者として当然のようにそれを優先させただけ。
 食事と患者と。
 どちらが大切なのかぐらいは、彼にも分かる。
「……そうだな」
 彼は腰に手を当てて、軽く笑みを浮かべた。

 荷物を全部、院内にある自分のロッカーに入れ、予備のために置いてある手術用の衣装を着て手術をすること5時間。急であったため、準備は万端とは行かなかったが、無事に成功し、患者の家族にその旨を連絡する。泣きながら感謝された後、今後予測される容態について説明し、看護師たちに注意すべきことを伝える。その他、諸々の書類の作成なども有り、彼女が全ての作業が終えたのは夜7時だった。
 荷物を持って病院の外に出ると同時に、空腹の為か、お腹が鳴った。
 考えてみれば、昼食を取っていなかった。
 医者の不養生とはよく言ったものだ。
 しかたがないので帰りながら何か食べ物を買って家でのんびり食べよう、と思い駅に向かって歩き出す。さすがに何かを作る気にはなれないし、人前で食べるには疲れた顔をしているだろう。
「先生」
 耳に残る、低い声。
 どんなに疲れていても、その声を聞き間違える事はない。
 はたっと立ち止まり、横を見ると昼間、雑貨屋の前にいたあの青年がそこにいた。
「……何か?」
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか?」
「すみませんが、食事なら一緒には取れません。今日はそんな気分では…」
「そう思ったから、差し入れを持って来たんだ」
 クスッと笑いながら彼は彼女に紙袋を差し出した。どこかの有名店のものらしいその中には、お弁当箱のようなものが入っている。
 彼女は目を丸くした。
 彼はラエスリールの手に紙袋を握らせると、ため息を1つ吐いた。
「人の命を助けるのが仕事とはいえ、あまり根を詰めすぎると倒れる。その方が、患者にとってよっぽど困るだろうに」
「え?」
「少しは自愛した方がいい。ここ数日、仕事ばかりだったんだろう?」
「な、なんでそれを…」
 まさか本当にストーキングでもしていたのか。
 しかし彼女の予想はあっさりと否定される。
「顔を見れば分かると思うけどな。気分転換に食事に誘ったんだが…今日は、諦めた。ちゃんと食べて、ちゃんと寝るのがいいだろうしな」
「……」
「それじゃあ、またな」
 言うと、彼は背を向けて駐車場へと歩いて行った。一台の車が車道に出て、どこかへ向かって走っていく。
 ラエスリールは紙袋を持ったまま、それを見ていた。
 車が見えなくなって、紙袋を見る。
 荷物を持っていない方の手で顔を隠した。熱を持って火照ったらしい顔。左胸の心臓は体が震えているのではないかと思うほどバクバクしている。
 どうしようもない体の変調を感じながら、頭の中にあるもやもやした何かを絞り出すように彼女は呟く。
「……本当に」

 厄介だ。

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デートは。。。できませんでした;
でもこれからですよ、これから!ね!
今後の闇主さんの頑張りに期待するしか!
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碧さん作、お医者様の第3弾です☆
闇主さん、すとーかーですか(微笑)?!ラスさまの愛を獲得する為に
更に頑張るのですね☆お弁当はぽいんと高いですよ(>_<)ノ
ふふふ、効果ありみたいですしvラス様。次回こそはデート
できそうですかv?<碧さん 続編を更にお待ちしてます☆


後記担当 ちな