COLORS
まだ暑さを伴う日差しが降り注ぐ太陽の下。
大きな木陰の中にその人物を見つけて、ラエスリールは首を傾げた。相手がそれに対して何の反応も示さなかったので、そろそろと近寄ってみる。
(…寝てる………)
有り得ない、とは言い切れないものの、珍しいことだった。眠らずとも生きていける魔性たちの王とも呼ばれる存在が、無防備にも木陰で居眠りなど。
場所は山間の小さな村だった。偶々立ち寄っただけのその村の、唯一の宿泊施設の横に設けられた長椅子の上。
背凭れに身体を預けて一定のリズムで呼吸をするその人は、呼吸が無ければ比類ない綺麗な人形と思ってしまうほどの美貌を備えた存在であることをラエスリールは改めて感じた。わざわざ改める必要も無いほどに分かりきったことではあったが、毎日同じ顔を見ていると、感覚というのは麻痺してしまうようだった。
じっと、寝こけている彼を見る。
考えてみれば、彼の色はとても不思議な色だった。
金のような華やかさは無い。
緑のように安らぎを得るのは難しい。
紫のような高貴さを感じさせるわけでもなく。
白のように何物にも染まらぬ気高さを抱かせることもない。
さりとて、血の赤のような不吉さも、火の赤のような熱情を思い起こさせもしないのだ。
黒のように他者を圧倒する色でもない。
敢えて言えば、気付かれない。世界に溢れかえっている色ではない。常に必要とされる色ではない。
けれど、この色はそうとは気付かぬ内に密やかに自分の視界に入る色なのだ。自己主張をするわけでもなく、たが平然とした態度で視界の中に潜り込んでいる。
選ぶ、選ばないという問題ではなく、知らぬ間に身近に存在する色。
知らぬ間に馴染んでいる色。
きっと、そんな色なのだ。
自分にとって彼と言う存在が、いつの間にか呼吸をすることのように傍に居るのが当り前であるかのように。
(…変に落ち着くんだ、きっと)
他の妖主が纏う色のような圧倒的な強さは持たない。強さは無いが、深さがある。
その深みに足を取られる。
自覚した時には、とっくに捕らわれている。
深遠の闇よりは明るいというのに、それよりも深いこの色に。
手を伸ばして彼の髪に触れる。普段触れることの無いそれは、硬くは無いが柔らか過ぎるということもない。
自分の髪よりも柔らかく、短い髪。
よくよく考えれば、当たり前のことだが形の良い睫毛も眉も髪と同じ色をしている。
人には無い色だろう。
人には纏うことのできぬ色だからこそ、惹かれるのかもしれない。
どうして創造主は魔性の力と美を比例させたのだろうか。そんなことをすれば、弱い人間は誰だって膝を折ってしまうだろうに。
するりと指から髪を零す。
静かに揺れる木陰の中で、世界に5人しかいない稀有な存在を見る。
彼に屈したと思ったことはない。勿論、肩を並べているとは思っていないが、自分は彼に負けたことは無いと思う。
折れただけだ。
ただの人ならば負けたと思っただろう。
魔性だったら折れたことすら認めなかっただろう。
その中間に生きる自分が、彼に対して折れたこと。
そう、それは。
「気は済んだか?」
耳を打ったのはやや呆れた口調で紡がれた、低い慣れ親しんだ声。
ぎょっとして距離をとった。
「お、起きて……?」
「これだけ接近されて目が覚めないとでも思ったのか?」
お前じゃあるまいし。
と、余計な一言を付けた後、彼は手を伸ばして腕を掴んできた。
強い力ではなかったが、引っ張られた為に、勝手に足が出て彼に近寄る形となる。倒れ込むことはなかったが、もう、一歩もない距離。
深紅の双眸が眩しそうに細められた。
「……やっぱ、綺麗だな」
「え?」
右の真実の瞳と左の隻眼の瞳が見つめるのは自分の顔。そこにある、生まれ持った琥珀の右眼だった。
「下手に輝くよりも、よっぽどいい」
そう言って、そっと右の頬に手を伸ばして、琥珀の瞳の目尻のあたりを指でなぞる。
ドクン、と心臓が跳ねる。
「あ、闇主?」
名を呼ぶと、フッと彼が笑った。寝惚けているのかと思うほどに、それは普段の彼とはかけ離れた笑みだった。
卑怯だと思うんだ、こんな顔。
わざとやっているに違いないと思うには、あまりにもその笑みは…。
じっと恨めしげに見れば、彼は怪訝な顔をする。
「何だ?」
「………」
「ラス?」
飛び出しそうなほどに脈打つ心臓を懸命に抑える。視線が合うだけで、指が触れるだけで、傍にいるだけでこんなに変な気分になる。そんな病気を抱えることも悪くないなんて思うのは、ひたすらに自分にだけ向けられる視線があるからだ。
どこにいても、自分を見ていてくれるという安心感。
どこにいても、自分を守ってくれるという信頼感。
すう、はぁ、と大きく深呼吸をする。そんなことぐらいで治まってくれる動悸なら楽なのだが、そんなことで治まるはずも無いことはすでに何回も経験済みだ。
仕方が無いから、この不可思議な病気と付き合っていくしかないのだ。
この病気の処方箋が見つかるまで。
「お前の所為だからな」
「何を出し抜けに」
「うるさいっ」
顔はきっと真っ赤になっているんだろうと思いながら、子供じみた怒りを相手にぶつける。
すると彼は全て分かっているような顔で、ただ笑う。
愛しげな視線を向けたまま。
その笑みに、傍にあるぬくもりに、孤独だった自分が折れたのだ。
自分にはもう、閉じこもる殻など必要ないのだ、と。
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ということで、 碧さんからお絵かきチャット中に頂きましたSSですv
眠ってる闇主さんを見て改めて〜なのですねvって、闇主さん、狸寝入りだったの
でしょうか(微笑)?そして、ラス様の心臓ばくばく病(><)ラブラブももちろんなのですが、
無自覚のこの微妙な距離感がとってもイイですv
それでは、とっても素敵で爽やかなSSを有難うございましたm(__)m
後記担当 ちな
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