say “............”





 ただ誰かに「好き」って言ってもらいたくて。
 ただ誰かに「ここにいてもいい」って認めてもらいたくて。



 誰でも、良かったんだ。



 人が駄目なら、魔性でも良い。

 そう、思ってしまうほどに。











 紅い、赤い世界。それは夕闇でもないのに、突如として自分の目の前に訪れた世界。

 予兆はどこにあっただろう。

 どこで歯車が狂ってしまったのか。
 噛み合わせ方が悪かったのか。
 それとも、そもそもがこういう結末へと導く歯車だったか。
 一筋の光の中で手にしたそれが齎す果てに、何人だって逆らうことなどできはしない。訪れる結末に戦きながら、こんな時にだけ、居もしないと思い込んでいた神様とやらを恨むのだ。

 そう、普通ならば。
 誰だって、等しく迎える己の旅路の果てに恐怖し、これからも生きゆく人を羨み、己の選んだ道を後悔する。
 そして、もう少しだけ、と願うのだ。

 なのに自分はどうだろう。

 奇襲のようなこの結末に嘆くどころか、本当は少しも驚いていない。まるで昔からこうなることも予測していたかのように、波立つ感情は1つとしてなく。
 あるとすれば、それは憐憫の情か。
 相手に、ではない。
 相手をそうさせてしまった、自分という人格を作った、己の過去へ。

「なぁ、」

 ドクドクと耳障りな音がやけに大きく響く。その音に自分の声は掻き消されたのではないかとも思ったが、自分を見る深紅の瞳は、その言葉に反応して自分の顔に焦点を合わせていた。

 身体はなんだかとても寒い。
 腹に開いた傷口も、さきほどまでは熱かったのに、今では風に冷やされてしまった。

 流れゆくのは己の命。

 流させたのは、深紅の魔性。

 彼が何を思ってそうしたのかは、知らない。
 いつの間にか自分の周囲には紅い色が広がっていて、彼の足を濡らしている。

 彼の腕が自分を支えている。先ほど、自分に傷を作ったその腕で。

 それなのに、どこまでも自己中心的な男は、どこまでも傲慢な態度で、どこまでも柔らかな笑みで自分を見るから。

 もし、自分がこの瞬間を恨むとしたら、ねぇ。



 何を、恨めばいい?

 何を、恨んでいい?



「どうした、ラス?」

 近年稀なほど――もしかしたら人生で初めてかも知れないが――優しい声で、男が尋ねる。

 聞きたいことは、たくさん有るのかもしれない。
 分からない。
 頭が回らない。

 もう、何も考えたくもない。

 密やかに忍び寄る、暗く重たい影に耐え切れなくなって、少しだけ男の方に身を寄せる。
 寄せたつもり。
 身体はもう、動きはしない。
 乾き始めた唇だけが、まだ微かに動く。



「…私のこと、『好き』か?」



 必死に考えて。
 どうしても聞きたいものはなんなのか必死に考えて。
 たぶん、これが1番聞きたいことだから。

 愛してくれ、なんてことは言わない。

 せめて「好き」でいて欲しい。

 他の誰が「嫌い」と言っても、自分だけは「好き」でいると。

 そう誓ってくれた、あの日の夜が、自分が作った都合のいい幻でないのだとしたら。



 どんな顔をしていたのだろう。
 彼は慰めるように自分の頭を撫でると、はっきりと言ってくれた。

「『好き』に決まってんだろ。でなきゃ、この手で壊したい、なんて思わない」



 その答えに、自分は笑った。



「…そうか」

 それだけ言って、赤い世界と決別する。
 慣れ親しんだその色から離別する。

 黒くて深い、どこまでも続く闇の世界に堕ちて行く。










 ねぇ、愛なんて知らない。
 何も知らない。

 ただ、「好き」でいてください。

 例え身体がなくなっても、あなたの傍にいてもいいと。
 あなたの心の中にいてもいいと言うのなら。

 他には何も要らないから。



 ただ、「好き」と言ってください…




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もうもうもう、画面の前でほろほろとなってしまいました(><)
どうしてこうなってしまったのか・・・・と。切なくなってしまいました。
でラス様が、「…私のこと、『好き』か?」というところで、もうもう本当に切なくて…闇主さんは、好きだから、誰かに壊される前に、自分の手で壊してしまいたい・・・どうしようもない独占欲・・・あうあう、上手く言葉にならなくてすみません;
でもでも、碧さん、本当に切なくなる小説有り難うございましたm(__)m

碧さん、HTMLソースいつも有り難うございます、感謝してます(><)/


後記担当 ちな

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